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(無題)

 投稿者:ドンチャン  投稿日:2017年12月30日(土)09時38分17秒
返信・引用
  酔ってるもんですんません(^o^)

仏典は「如是我聞(私はこのように聞いた)」と冒頭に書かれています(^o^)

したがって釈尊が直に書いたものではありません(^o^)

法華経の序文の最初も如是我聞から始まります(^o^)

原始仏典のように比較的成立の早いものでも、最古層に属する一部を除外すれば、それが釈尊その人の思想だと断定する事はできないようですので、仮に漢訳仏典を偽経と言うのなら、それでは全てが偽経となると思います(^o^)

釈尊が入滅して400年以上も後に成立した『法華経』や『華厳経』等の大乗仏典は釈尊の説いたものでは無いという事で、今の現代仏教学では常識と化しているようです(^o^)

しかし、最初に登場した『般若経典群』にせよ、それらの大乗仏典にせよ、経典に見られる思想そのものには、確かに釈尊の時代の基本的な思想が脈打っていると考えられます(^o^)

仏教界で、古来よりインドで成立したであろう経典や論書は「偽経」だとは言わない決まりになっているのは、そもそも「お経」なるものは釈尊が書いたものでも編纂したものでもなく、その全ては後世の仏教徒の手によるものだからです(^o^)

まして『法華経』はサンスクリット原典がありますので、一概に偽経と貶すことはできないと思います(^o^)

原典の[Saddharma pundarika sutrn]について見れば、一章から10章までは「宥和一致」の思想が説かれ、11章から22章までは「久遠本仏」の思想が説かれ、23章から28章までは後世の付加であることが経典成立の過程とされています(^o^)

その『法華経』を「宥和一致の経典」と評されたのは仏教学者の中村元です(^o^)

大乗仏教の諸経典は旧仏教を批判するばかりでしたが、『法華経』に於いては「小乗(「二乗)」をも包摂しています(^o^)

『法華経』第二章のサンスクリット原文の現代語訳は

「シャーリプトラよ。私はただ一つの乗り物について、生きとし生けるものたちの為に法を説く。すなわち仏の乗り物を説くのである。(そのほかに)第二の乗り物、あるいは第三の乗り物なるものは存在しない」

(Saddh p.Ⅱ,p,37,ll.22-24)

また「宥和一致」の思想は徹底していて、子供が戯れに砂を集めて仏塔を作っても、手の指で仏の姿を描いたとしても、すでに仏道を成しているのであると説いていますし、「若し人、散乱の心にて、塔廟の中に入りて、一たび南無佛と唱えば、皆、已に仏道を成ぜり」と説かれいます(^o^)

『法華経』のメインテーマは「宥和一致」と考えます(^o^)

この経典を文字通り素直に読めば、万人が思想や宗教の違いでいがみ合う事は法華経の教えではないと思います(^o^)

インド佛教に於ける『法華経』の位置つけは、AD1世紀頃に主体部分が成立し、その後様々な経典を取り込んだ形で現在のような体裁になったのは羅什翻訳の後の事です(^o^)

かといって、これはあくまで学術上の事であり『法華経』に対する信仰とは次元が違うと思います(^o^)

聖徳太子は『法華経義疏』を著し、弘法大師空海は最晩年に東大寺真言院に於いて法華講賛を修められています(^o^)

南都系佛教に於いても『法華経』はとても尊重されている経典であり、宗派を問わず盛んに学ばれていたようです(^o^)

『法華経』の説く「宥和一致」の教えを天台大師智顗は「一念三千」と説き、聖徳太子は「万善同帰」と説いています(^o^)

釈尊の直筆で無いものが偽経と判断するなら、漢訳仏典は全て偽経と言えます(^o^)

しかしそうであれば、聖書やコーランすらも、疑問視され、信仰や信心自体が意味の無いものとなります(^o^)

あくまで、学問と信仰は次元が異なると思っています(^o^)

経典はどう使うかが大切であり、法華経の宥和一致は信仰、信心だけでなく、学問や科学とも宥和一致と教えていると私自身は思っています(^o^)


あえて、現在の法華経が偽経の根拠とすれば、原典の成立が釈尊入滅後400年後に原典が出来てます(^o^)

これがサンスクリット原典で私達が使う法華経は『妙法蓮華経』(406年訳出) 鳩摩羅什訳です(^o^)

つまり釈尊入滅後の700年後にまとめたものを使っています(^o^)

その上、原典と異なる訳があったり、欠落部分もあり、他の訳僧との比較をしても異なる訳は多くあるようで、学術的に信用のおける物では無いという事で、盲信、妄信から、法華経が絶対というこだわりに対しては注意の意味で、真では無いという事も言えるのではないでしょうか(^o^)

しかし、前述したようにインドで成立したであろう経典や論書は「偽経」だとは言わないという仏教界の決まりがあり、仏教徒、仏教学では真経として用いますので、がむしゃらになって盲目的に「法華経や他の漢訳仏典を偽経」と決めつける人の言葉は、そもそもが仏教自体の勉強不足だと思います(^o^)

私自身は仏典や法華経をどのように、善いように使うかが大切だと思っています(^o^)

酔ってるもんですんません(^o^)
 
 

(無題)

 投稿者:noname  投稿日:2017年12月30日(土)04時40分51秒
返信・引用
  法華経って偽経ですか?

日蓮正宗の人が
「法華経こそが釈尊の本意のお経で、それ以前のお経は法華経を説くための方便であって全く価値がない」

しかし、法華経はお釈迦様が亡くなって500年も経ってから成立したもので、内容もこの経を用いれば、こうこう、こう言う御利益があると書いてあるのに、肝心の用い方や修行法など一切書かれておらず、あれは後世の誰かが書いたインチキな偽経だと一般的には言われております。

日蓮正宗の人と一般的な意見、どちらが正しいでしょうか?

仮に法華経が偽経だとしたら、なんで日蓮さんのような勉強家が引っ掛かったのか?


まず法華経が偽経について。

中村元氏いわく

『仏説と称する経典のたぐいが、インドで次から次へと限りなく作られ、また中国でも新たに作られた。(中国で作られた経典類をしばしば「偽経」と呼ぶが、歴史的人物である釈尊が説いたものであるかどうかということになると、少なくとも大乗経典は全部「偽経」であるということになる。』(仏教散策)

釈尊が大乗を実際に説いたかどうかという命題は、事実と合っているかどうかによって客観的に決まるものです。歴史的に見れば『説いていない』となります。(植木雅俊氏も、『仏教、本当の教え』の中で同じようなことを言っています)


また中村氏は、

『しかし論理的・思想的には、いま述べたように「法華経」のほうが、すべてを包容するという立場にあります。そのような意味で、「法華経」はアジア第一の経典であると思います』(現代語訳・大乗経典2法華経)とも述べています。


法華経がアジア第一の経典であるかどうかは、それを主張する人の価値観によって違います。質問者さんのお姉さんのように感じている人もいるわけで、法華経がアジア第一の経典という命題は、誰にでも正しいわけではありません。


>日蓮正宗の人と一般論とどちらが正しいでしょうか?


歴史的立場からみれば一般論が正しいですね。

>でもインチキだとしたら、なんで日蓮さんのような勉強家が引っ掛かったのでしょうか。


大前提(すべてのお経は釈尊の直説という大前提)のもとで読んだからです。
よもや大前提が違ってるとは夢にも思わなかったのでしょう。法華経の方便品には、仏の姿を像につくって祈りなさい。とか、仏像を造り、人にもそれを勧めなさい。というようなことが説いてあります。


仏像の起源は紀元一世紀頃と考えられています。
お釈迦様が亡くなってから大体500年後といったところでしょうか。

このように法華経にはお釈迦様の時代にはなかった未来の知見が含まれていたわけですが、随唐時代の中国人は(近世までの日本人同様に)インド仏教史に関する知識が確立されていなかったので、すべてのお経はお釈迦様によって著されたという大前提がありました。

したがって、教義的に矛盾する内容をもった膨大な経典群に、できる限り整合性をもたせる必要があったのです。そこで天台というお坊さんは独自の論証によって、最終的には「法華経」こそが最高の経典であるとしたのです。その根拠を、次の三つの経文に求めています。

第一文が「法華経方便品」
第二文が法華経の開経(序論)とされる「無量義経の説法品」
第三文が「法華経信解品の譬喩」

(三文を引きて証す)「法華玄義」

随唐時代の中国人は(近世までの日本人同様に)インド仏教史に関する知識が確立されていなかったので、法華経の自画自賛をお釈迦様の言葉と勘違いしてしまったようなのです。


ここで「偽経」の定義について確認しておきたいと思います。

岩波仏教辞典によれば、中国や朝鮮・日本でつくられたお経のことだそうです。


先に上げた「無量義経の説法品」のなかに『四十余年未顕真実』の文が出てきます。

天台宗にとってこの一文は、法華経が釈尊の最晩年8年の説法であることの根拠とされる要文なわけです。


ところが近年、文献学の観点から考察された研究成果によれば、『無量義経』は
サンスクリット原本がないこと、訳語の不統一、文体の中国臭、内容などから見て、
西暦500年頃の中国で撰述されたものではないかと疑われています。
この説については創価大学教授の菅野博史さんも支持しておられます。


↓「無量義経」は中国で作られた偽経(菅野博史)
http://fallibilism.web.fc2.com/050.html

>現在の仏教学では、『無量義経』は西暦五百年頃に中国で作られた偽経であろうとされる


また、中村元(筆頭)、平川彰、水野弘元、玉城康四郎のお歴々を責任編集に迎えて刊行された春秋社の「新・仏典解題辞典 第二版」においても同様の記述が見られます。


>おそらくは法華経の開経として中国で撰述されたものと見てよいであろう


この「新・仏典解題辞典 第二版」の執筆に参加された学者は上記4氏を含め総勢62名にも及びます。


今や『四十余年未顕真実』の文をもって、法華経を釈尊の思想が最も完成した晩年の経典であるとする論法は全く通用しなくなったといえます。
 

Re: すいません

 投稿者:ト"ンチャン  投稿日:2017年12月28日(木)23時35分26秒
返信・引用
  > 御心配御掛けしてすいません。
> 携帯の調子が悪く、画像を貼れません。
> しばらくお待ちくださいm(__)m
 

すいません

 投稿者:ドンチャン  投稿日:2017年12月28日(木)08時14分33秒
返信・引用
  御心配御掛けしてすいません。
携帯の調子が悪く、画像を貼れません。
しばらくお待ちくださいm(__)m
 

(無題)

 投稿者:ト"ンチャン  投稿日:2017年12月27日(水)20時49分52秒
返信・引用
  ドンチャンヨォォォ

いつまで待たせんだァァァ

 

(無題)

 投稿者:ト"ンチャン  投稿日:2017年12月23日(土)10時21分26秒
返信・引用
  テメェェェドンチャン

さっさと更新しろよ!!
 

晩酌です

 投稿者:ドンチャン  投稿日:2017年12月15日(金)18時54分5秒
返信・引用
  鶏つくね・ねぎま・鶏皮を焼酎のウーロン茶割と一緒に、いただきます(^o^)  

昼飯です

 投稿者:ドンチャン  投稿日:2017年12月15日(金)12時33分6秒
返信・引用
  ホワイトイタリアン&ポテトセットをいただきます(^o^)

 

朝飯です

 投稿者:ドンチャン  投稿日:2017年12月15日(金)08時30分49秒
返信・引用
  玉子雑炊・たくあん・味噌漬けをいただきます(^o^)  

晩酌です

 投稿者:ドンチャン  投稿日:2017年12月14日(木)18時55分43秒
返信・引用
  じゃがいもと椎茸とウィンナーのバター醤油炒めを焼酎のウーロン茶割と一緒に、いただきます(^o^)  

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