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  1. 足あと帳(1)(管理人)11/07/10(日)12:53
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


富良野

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2016年10月31日(月)22時21分24秒
返信・引用 編集済
  富良野へ行った。交通機関は寸断されていて、行くのは可能そうだが、夕方終わる用事では帰りがなさそうだった。車に乗せてくれるといっていた人は、出発の前日に病気で入院してしまった。夜に知って、それから調べたり予約するのもおっくうで、自分の車で行くことにする。運転がそんなに好きでもないし、高速道路は一車線が多くてゆっくりも走られないし、嫌なのだが。

当日、冬タイヤに変え、10:30出発。11:30頃阿寒から高速に乗る。長流枝PA12:25~40、十勝平原SA13:05くらい、占冠SA13:56くらいか。

占冠SAでは、長芋あげ・ハスカップジュース・馬鹿バーガーを食べる。馬鹿バーガーというのはシカ肉が入っているな、と分かったのだが、馬肉文化圏ではないので、「馬も入っているの?」と聞いてみた。すると、山わさびが入っていて、英語ではホースラディッシュというからなのだそうだ。

帰りに寄ってみると、下り側は、地方色豊かな、そのどれもやっていないのだった。

すぐ降りて占冠町。富良野入りしたもののホテル探しで迷う。富良野入りは3時くらいだったのだろうか。ホテルの部屋に入ったのは5時ころのような気がするが、よく覚えていない。

富良野の街は、古い形の住宅も多いのだが、外壁が見事に新しくきれいだ。観光地として何らかの補助を市で出したのだろうか。マンホールのデザインはスキー・ブドウ・へそ踊り。イチョウの黄葉がきれいだ。葉を拾ってみるとしなやかで枯葉のかさかさした感じがしない。釧路では見かけないのだ。

嗅覚の鋭い友人が飲み屋を探し当てた。最近はストリートビューアで予習しているらしい。

小路の中の「へそ」という店。おかみさんが一人でやっていて、明日閉店すると張り紙がしてあった。「へそ鍋」(鶏の臓物鍋)がうまかった。やきとりは北海道ではめずらしく鶏肉だった。次に二軒隣の「啄木鳥」という店。小さな置物が(大きなクマのぬいぐるみも)ぎっしりと並んでいる。音楽関係者が出入りするようだ。「ロケット姉妹」のCDが流れていた。面白いと思うが、アマゾンでは売っていない。

小さな小路だが、ここが夜の中心街なのかもしれない。駅に行ってもタクシーはおらず、結局この小路に戻ったのだった。タクシーがいつでもいるようだった。

ホテルに帰ると、さだまさしの番組の準備をしていた。深夜からの放送なので部屋に戻る。胸焼けで目を覚ました時テレビをつけるとその番組をやっていた。富良野でさだまさしとはあまりにできすぎだが、街中にそれを知らせるポスターなどはなかった。知っている人だけが来るのでなければ収拾がつかないのだろう。

帰りは雪が積もっていた。車に雪用のブラシを積んでいなくて、屋根に結構乗せたまま走ってしまった。ホテルの駐車場は凍っていたが、道路は融けていた。

16:30ホテル出発。17:30占冠入り。雪の後で、スピードを出したくない。融雪剤がまかれているのはわかるのだが、暗い中で黒く濡れた道路は凍っているように見えて、恐怖が先に立つ。路肩に車を止めて後続車をすべて先に行かせる。みんな結構な速度だ。追いつけない。高速ではこういうことができないんだよな、と、恐怖が膨らむ。占冠で給油。生まれて初めての「セルフ」。全くわからずまごついていると中から人が出てきて教えてくれる。道の駅でおにぎりを買う。出発。18:00占冠SA。くしの肉巻おにぎりを買って食べる。

夜の高速は初めて。緑のライトがなんとなくいやだ。とりあえず前の車に食いついていく。車が多いので、自分が先頭になることはなかったので気は楽だった。

土地平原SA、18:45~19:00。SAではあるが、屋台のような店は閉まっていて自販機しか買うものがない。占冠で買ったおにぎりを一つ食べる。19:17長流枝PA、ここからはどうしても自分が一番遅い先頭になってしまう。追い越しさせやすくしてくれよ。トンネルが長く連続するので、視界がぼわ~んとしてくる。トンネルのほうが全体として明るく、昼間と逆に運転しやすい。帰りの走りはじめはトンネルのほうが乾いているのがはっきりしているので安心でもあった。でも後ろに列ができる。阿寒で高速を降りたのは何時だったろうか。20:30大楽毛。21:00帰宅。

疲れた。
 
 

ヤナギノマイ

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2016年10月 8日(土)21時06分7秒
返信・引用
  三連休でもあり、平日がハードだったので、市場で蟹でも買おうかと思った。しかしどの店も店員がガードするかのごとくいて、話しかけられそうでじっくり見ることができない。3000円の蟹を買ってどれだけ満足か、5000円でもどうか、そう考えると、近寄れないこともあって、買うことができないのだった。

あまり見かけないような開いた魚があった。聞けばヤナギノマイだという。生協ではあまり見かけていないし、知らないものだった。聞いたことはあるような気がするから、実家では食べていたかもしれない。雨の日の3時過ぎだからだろう、5枚で200円という。あまりの安さに買ってしまう。

焼いて食べてみるとそう悪くはない。

蟹は心残りではあるが、店員の壁というのが何よりも難物なのだ。
 

気候が変かもしれない

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2016年 5月19日(木)22時22分57秒
返信・引用
  16日(月)は異様に寒かった。前の日の日曜日が温かくて、桜など咲き始めていたのだ。管理職が変わって職場も寒い。情けない気分になるものだ。火曜日も寒かった。体が慣れたのか、少し持ち直したのか、月曜日ほどは情けない感じではなかったが。水・木(今日)と、暖かくなった感じだが、タイツはまだ脱ぎたくない。

昨日に引き続き、夕日がやけに赤い。薄雲の中、のっぺりと赤い太陽がたたずむ。今日は高く上った月もオレンジ色だ。黄砂の影響があるのだろうか。

今度の日曜日には叔父の一周忌がある。十勝だが、帯広は30℃の予報。これは体が持たん。月曜日に休みを取っておけばよかった。
 

リュリのガヴォット

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2016年 5月14日(土)20時02分3秒
返信・引用
  昔、NKHのドラマで「父への手紙」というのがあったらしい。調べてわかったものだ。
なぜ調べようと思ったか。テーマ曲が気になっていたから。テレビからカセットテープに録音もした。その後インターネットで検索できるようになると、いろいろ便利に調べられるようになった。ドラマのオープニングでは「音楽 リュリ」とだけ出ていて、それ以上の情報はなかった。それが「ガヴォット」という曲だというところまでは突き止めた。しかしYOU TUBEでは子供がピアノやヴァイオリンの練習している映像ばかり。

ドラマの曲は、僕の素人の耳では、パンフルート(パンパイプ)とパイプオルガンの演奏で、この音源がほしかったのだ。

調べても、それはピッコロではないか、という人がいた、程度にとどまり、進展はない。

さらに今日、調べたブログでは、「聞きなれた者からすると、リュリの曲には思えない。ほかの方の情報~マレのヴィオール曲集第1巻、組曲第1番ニ短調の終曲、ロンドー(rondeau)です。
95年に出た、平尾雅子さんの「マラン・マレの横顔」というCDの、最後に入っています。」

となって、ややこしい。CD化レコード探すならドラマで出てきた『リュリ』で探せばいいのかもしれない。ロンド風のガヴォットともいうらしい。

しかし、パンフルートとオルガンの音源にはいつたどり着けるのか。
 

ああ、その手があったか。

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2016年 3月27日(日)13時23分27秒
返信・引用
  もう古い話題かもしれないが、育休とって奥さんを仕事に行かせて、まったり浮気三昧…、これから育休をとる男性が増えるかもしれない。

乙武さんも話題だが、やはりエネルギッシュな男性はどうしようもないのだろうか。まあ、一夫一婦制は社会の在り方によるものだから、自然なものかどうかはよくわからないのだが。エネルギーの足りない僕には、すごいなあ、としか言いようがない。

北海道新幹線の関連で、どの番組も函館のグルメ特集だったりする。ピッタンコカンカンまでも。何も興味がない。新幹線よりも、火を噴かない鉄道が欲しい。飛行機よりも絶対に安全な鉄道でどこにでも行きたい。同時に報道されるのは、利用者の少ない駅の廃止。事故だらけのJR北海道に新幹線の運用ができるのだろうか。

新幹線は函館を通らない。だいたい青函トンネル自体が、大間と函館のほうが近いのに、変なところを通している。地質上の理由はわからないが、下北半島を核施設化して汚染地帯にする予定なのかもしれない。新幹線素通りの函館はどうなるのだろうか。
 

ふぬけている

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2015年 8月16日(日)23時51分4秒
返信・引用
  暑いと感じたのはいつのことだったか。8月5日ころだったろうか。
その後は気温が低く湿度の高い状態。それ以前もその状態。
少し動くと汗をかく。湿度が高いから汗が蒸発せず熱が体にこもる。
動かないと寒い。気温は低いから。
いつにもまして不快ですっきりしない夏を浪費する。

道路で狐が死んでいた。いつもうちの裏を徘徊のルートとしていたキツネだろうか。
車で走るとエゾシカにあう。うちの裏をルートにしているグループだろう。
今年はギョウジャニンニクを採りにいかなかった。
ウチに植えてあるものを食べてみたが、香りがない。育ち方なのか、品種のせいなのか。

花火の時期、うっすらと秋を感じたものだが、
夏のような日が一日だけだったので、もう『寒い』と感じてしまう。


安い土地が出ていたが、たちまち売れてしまった。
160坪が150万くらいだったか。中古コンテナを置いて、余計なものを入れてみたかったが。

1年早く辞めて退職金で1年暮らし、年金を前倒ししてもらうかと考えていた。
3割減はやはり痛いと思う。
もう1年は頑張ってみようと思う。
でもつらい。
さて、そうなるともう一度60過ぎに働くか、という点で、三つ選択肢がある。フルタイム・ハーフタイム・仕事をしない、の三つ。

おやじに続いて叔父が死んだ。東京(方面?)のおやじの上の兄弟が死んだらいかねばならないのだろう。それよりもお袋の弱り方も気がかりだ。兄貴の老い方も。
自分はいつまで生きられるのだろうか。

うずうずと嫌な仕事を続けるべきか、年金を減額してまでも早くもらうべきか、悩ましいところではある。
 

父、逝く

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年10月15日(水)22時29分41秒
返信・引用
  家族の幸福という点で、あまりにも問題の多かった父であり、僕は会話することもなかった。
あれだけのことをして大往生かい、と突っ込みを入れたくなるのである。

届を出すと預金がおろせなくなる、などという話を聞いていた。友人もそのように言っていた。定期などの話かもしれない。普通預金は年金の振り込みなどにまだ使えるもののようだ。

十勝の親戚の葬儀では、町内会などはあまり存在感を持たなかった。しかし釧路は違うようだ。
仮通夜に酒を用意しろという。大人数でどんちゃん騒ぎかと思いきや、4人だけだった。通夜も5人来るといって8人来る。食事は8人単位で頼むことになっており、3人増えただけなら何とかなるだろうということで、実害はない。さて、葬儀の後、火葬場まで来る。骨まで拾う。町内会とはそこまでするものなのか? 親族のことにまで入り込んで、式場には老人クラブの真っ赤な旗を掲げていた。傍若無人ともとれるふるまい。近所づきあいの濃密な農村の話ではない。さびれたとはいえ地方の「都市」の話だ。

いずれ町内会は抜けようと思う。

家からの出棺のとき、おふくろが「いやだ…」と言って少し泣いた。さんざ苦労を掛けられたとはいえ、駆け落ちしてまでの結婚だったわけだから、子供にはわからない情というものがあるのだろう。その声があまりにかわいらしくて、意外だった。

子どもの頃、あまりの家庭のこわれっぷりについ本を買って占ったことがあった。西洋占星術でも四柱推命でも、両親は最悪の相性だった。しかし親父は離れなかった。腐れ縁、とおふくろは占い師に言われたそうだ。

市役所と社会保険事務所めぐりは、葬儀会社がくれたプリントによって、そこそこ素早く済ますことができた。市役所で、社会保険事務所への電話が通じず、「これから行ってみます」というと、「隣の窓口で、必要なものは何か聞いてみてください」という。初めから言わんかい!多分もう一度市役所に戻ることになっただろう手間が省けた。

そうした手続きもさることながら、親戚の相手やら(おふくろがしてくれているとはいえ、買い物なんかや移動はこちらがしなければならない)もつかれる。薬を忘れた、というのは娘が持ってきてくれるということでかたが付いたが、そうでなければどうなったのか。携帯電話の充電器がない、というのもあった。900円以下で買えたのだが、そんなこまごまとしたことで費やされていくのだった。

ひとなのかが過ぎて、父の部屋から分解して車庫にしまったベッドを戻す。おふくろが使えるか試したいという。その前にカーペットを取り換えたいと、買いに行く。

お袋があまり動けないので、一人残った親戚がいる。まあ、よくやってくれるのだが、おふくろがつかれていくのもわかる。しかし、帰って一人になった時が、どうなるものだか。
 

認識力の欠如

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 9月14日(日)00時44分59秒
返信・引用
  今度は逆バージョン。

現在も流れているアリナミン・ゼロ・セブンのCMと、以前流れていたカルピスウォーターのCM(はんにゃ・金田共演)。

川島海荷だという。

これがまた、何度見ても、同一人物と認識できない。

いったい俺の認識力というのはどうなっているのだ。
 

認識力の低下?

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 9月12日(金)23時00分48秒
返信・引用 編集済
  いや、もとより少ない場合は低下とは言わない。認識力の欠如なのかもしれない。

芸能人の名前など良くわからないので、何か違う気がしているぐらいだったものが、調べてはっきりと違うことがわかった、ということ。

桐谷美玲 北川景子 佐々木希

のことだ。化粧顔(あまり厚くなくても厚化粧をしているように見える顔。矢代亜紀とか)、なのか、本当にメイクなのだか、それも判然としないが、目のあたりの感じで、僕の認識としては同じカテゴリの中でごっちゃになっていたのだ。

自分なりのカテゴリーの中で認識しても、個別のものを区別できない。
認識力のなさなのだろう。

水樹奈々 安藤美紀 真鍋かおり も、上とは別のカテゴリーだが、この三人の中では水樹奈々が人間寄りだ。


8月下旬からずっと忙しい。前は人の作ったエクセルのフォームに数字を入力していたが、職場が変わり、今年はさらに違うことまでやらされて、いじったことのないエクセルで、加減乗除の記号やらで表をつぎはぎしていくことからやらざるを得なくなった。フォームを作って入力、ではなく、わからないので、数字を入れてからどこを足そうか、割ろうか、といった塩梅。いつまでも終わらない。

こういう時は逃避行動が出る。仕事をしているのではなく、仕事しなくちゃ、のイライラが他のことを停止させる。そしてさらに、こんなことを調べたり書き込んだりしてしまう。


めっきり気温も下がり、ストーブをつけた。でも、8月中はつけなかったのだから、今年は暖かかったのだろう。
 

最高気温28℃ 春採太郎

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 8月 2日(土)00時19分13秒
返信・引用
  調べるところによっては27℃だったりするが、まさに真夏。職場でも風の通りの悪いところは本当に暑い。

何もしたくない。かえって体を少し動かすほうがよかった。パソコンの仕事はしたくない。風の通りのいい持ち場で棚の高さを変えて物を入れ替える、なんてことをやっていた。どう動かそうか、なんて考えつつも、ぼうっとしてる時間のほうが長かった。ぼうっとしていることのほうが目的だったのだが。

家が熱持っていて、夜、窓を開け放ち冷ます。蚊が入って来たので蚊取り線香。なぜかジンギスカンを食べたくなって冷凍をとかしたが、600gは、もう多い。昔のようには食べられない。冷凍のギョウジャニンニクもジンギスカンに入れて食べた。肉は100gほど残して冷蔵庫に入れた。明日の朝も食べよう。

車検を終わったばかりの車からガソリンが漏れた。給油管の中の上がったガソリンをタンクへ戻す管らしい。直すためにせっかく車屋へ行ったのに、車検の代金を払い忘れた。払いにいかねば。

数日前、大潮の干潮で春採太郎を見に行った。風がごうごうと吹いていて波浪を心配したが、崖が風よけになっていて気持ちの良いそよ風。波もほとんどなく、気持ちのいい海岸散歩?

ひざ下まで水に入らなければいけないのだから、散歩ではないのだけどね。

ウミウシなどは見つけられなかった。

砂岩脈は確かに立派ですぐに分かった。ただそのほかの小さな砂岩脈は見つけられなかった。もっと西に行くにはひざ上まで水につからなければならなかった。同行の人が3人いたので、それ以上は断念。

めがね岩(正式には窓岩というらしい)は崩れていて穴ではなくなっていた。調べると細い縦の部分がH16年に崩れたらしい。今はその上に残ったところが大きく崩れている。

あっけないものだ。どうせなら、穴が穿たれるところを見たかった。
 

Re: コントもあります

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 6月27日(金)22時16分59秒
返信・引用
  > No.112[元記事へ]

ひつじさん、お久しぶりです。RESが遅れてすみません。

なるほど…「コント」ですか。
「シャボン玉ホリデー」とか「夢で逢いましょう」とか。

こちらでは笑いを求めて劇場へ行くという文化がありませんから、笑いがあってもそれは舞台の一要素に過ぎず、何かしらのテーマがあるはず、それを読みとろうとしてしまいます。舞台といってもプロの劇団を見ることは数十年に一度。ほとんどは素人劇団です。結構まじめで笑いは要素としてもほとんどありません。だからお笑いはテレビの中にしか存在しません。僕は「笑い」を求めてもいないのです。

ラーメンズの公演では、最後は「銀河鉄道の夜」を思わせる列車の中の会話。シンクロしていながらすれ違う会話。生者と死者を思わせる会話で終わる。これがコントとは思えないのです。ザラついた気分にさせる、このような舞台を何と呼ぶものか。僕にはお笑いとは思えなかったのです。いや、「お笑い」とはなんなのか、僕にはまだ理解が足りないのでしょう。落語にも、涙を誘うものあり、人情話あり、究極の一人芝居の形態でもあるのですから。
 

コントもあります

 投稿者:ひつじ  投稿日:2014年 6月18日(水)21時50分19秒
返信・引用
  お久しぶりのひつじでございます。
ラーメンズについてはよく知りませぬが、演芸ネタならつい書き込んでしまいます。

漫才でも漫談でもなく「お笑い」と称する、とされていますが、
一つ見落とされているのは、「コント」というジャンルですね。

漫才の場合は、舞台に登場するのはあくまで演者であり、
その演者が、歌舞伎や、映画や、学校の先生や、店員の真似ごとをするという形式なのに対して、
コントは、最初から役が定められ、その役の衣装も着て、その役の人として演ずることとなります。
そんなわけで、もともとコントには、二人芝居のような要素が多々あるのです。

もっとも、演芸と演劇の垣根はもともと低いもので、
大竹まことらの「シティ・ボーイズ」は演劇では食えないので演芸に行った人たちですが、
おそらく年に1度のライブ以外は、役者で食っているといってよいでしょう。

ベンガルや柄本明らの「東京乾電池」は劇団なのですが、
テレビでコントをやって売り出したため、コント集団とみなされていたこともあります。
久本雅美らの「ワハハ本舗」に至っては、そもそも劇団なのか、お笑いなのか。

また、雨上がり決死隊の宮迫は役者になりたくてお笑いを始めたと言っていましたし、
宮川大輔が漫才をやめて東京に行ったのは役者になるためでしたが、ピン芸人で売れました。

コントにしても、劇場では1本15分程度になりますが、
2時間ほどの独自興行を打つときは、いくつかのコントを暗転と音楽でつないで、
なんとなく全体を通した物語があるような、ないような作りになるので、形式的にはほぼ演劇です。

ならば、お笑いのファンが演芸も見るのかどうかという点については、
私も生の舞台を見なくなって久しいので何とも言えないのですが、
少なくとも、私が20数年前にしきりに見ていたのは、ほとんどが「お笑いのような演劇」でした。
関西だったからかもしれませんが。
 

お笑い?演劇?

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 6月16日(月)21時31分25秒
返信・引用
  お仕事週間に突入して、お持ち帰りのお仕事をしなければならないのに、
メールボックスがいっぱいだ、とやらで、移動したり消したり。
ブルーレイディスクレコーダーのハードディスクの残量が少なくなって、ディスクに移したり。
気持ちがどうにも乗らない。

つい見てしまったのがラーメンズの公演。

前々からテレビのお笑い番組なんかで感じていたことだが、「お笑い」と言いつつ、形式は二人芝居ではないか。場面設定・会話・行動・小さな出来事・大きすぎる出来事・・・。

ラーメンズは、調べると、確かに「お笑い」として認知されているものだ。
しかし真っ暗な舞台、簡素な舞台装置、黒ずくめの服装、見終わった後のざらついた気分、話が変わる時の暗転、その時の特有の空気、まったくの演劇として見てしまった。

二人が無関係の設定でセリフを言って、それが妙にシンクロする、というのがその回の特徴だったのだろうか。一人でセリフを言い切り、別な一人が別な設定でセリフを言う。次に二人同時にさっきのセリフを繰り返すと、それが妙にシンクロする、なんて実験みたいなことをやっている。

世は「お笑い」を求めていて、演劇は求めていないのだろうか。どっちでもいいから食えるほうで食って、やりたいことをやれれば、「演劇だ」などという必要もないのだろう。

お笑いの人々が役者としても活躍していて、本来の役者がテレビコマーシャルで滑稽なことをやっていて、はて、この人は役者だったっけ?お笑いだったっけ?の状態なのだな、僕は。

漫才でも漫談でもなく、「お笑い」と称することこそが、境界線を意図的に破ってきているのではないか。誰が仕掛けたのか、若い人が何かを目指しているのか、まったくわからないのだけれど。
 

風邪をひく

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 5月27日(火)19時20分53秒
返信・引用
  なんということか、これから忙しくなるというのに、風邪をひいてしまった。
職場が寒い。暖房を絶対に入れない。
タイツもはいたのに。今日は長そでのシャツも着たのに。

レトルトのカレーうどんの素でカレ―うどん。
これだけではスタミナがつかないような気もするが。
 

Re: 桜咲く

 投稿者:下田群青  投稿日:2014年 5月18日(日)12時05分0秒
返信・引用
  > No.108[元記事へ]

こんにちは。

こちらでも近所のお寺の桜の木が満開でした。名前は判りませんがかなりピンクが強いです。
でも昨日は風が強かったので随分散っていた事でしょうね。

我が家には桜の木は有りませんが、エゾムラサキツツジは数日前から開花しています。花の数は桜みたいに多くは無いですが。それから昔植えたシャクナゲは相変わらず花は付けません。というか花芽が出来ないです。
開花まで何年掛かるのか?気長に待ちます。

来週花見ですか?葉桜だと寂しいですね。

それでは
 

Re: 桜咲く

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 5月18日(日)11時01分49秒
返信・引用
  > No.107[元記事へ]

さてさて、昨日5月17日は、もう葉のほうが勝ってきて、それまできれいだった桜までもがみすぼらしくなってきた。我が家は葉のほうが先に来るみたいで、やはりいつもながらいまいち。

不思議なのは、職場近くでは、葉が出てくる前に花が咲いていたこと。職場のものはチシマザクラだと思うのだが、色が濃い。チシマザクラはほとんど白い色なのだが。

来週花見だが、すべて散っていることだろう。
 

Re: 桜咲く

 投稿者:下田群青  投稿日:2014年 5月13日(火)10時04分39秒
返信・引用
  > No.106[元記事へ]

お返事ありがとうございます。

> 満開ではなく、咲き始めた、ということです。我が家も茅野公園もまだ、です。
そうでしたか。では開花宣言って事ですね。

> そうでしたか。ブログがあったんですか、URLをメールでお願いします。
了解です。ただブログといってもオンラインゲームの事ばかりなんですが(^^;(苦笑)

> > 今年こそは知床観光船に!!乗りたいですね(^^;
>
> 本当にそうですね。でもこの忙しさというのはどうにかなるんだろうか。
なんとかお互い頑張って同じ休みを取って是非周回したいものですね(^^)

では(^^)/~
 

Re: 桜咲く

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 5月10日(土)22時34分7秒
返信・引用
  > No.105[元記事へ]

下田さん、こんにちは。


> 桜満開なんですね。

満開ではなく、咲き始めた、ということです。我が家も茅野公園もまだ、です。

> そうそう、私のHPの掲示板迷惑書き込みが凄いことになっていてついにサーバーダウンしちゃいました。
> 現在は廃止しています。何かございましたらメールかブログがツイッターにお願いします。

そうでしたか。ブログがあったんですか、URLをメールでお願いします。


> 今年こそは知床観光船に!!乗りたいですね(^^;

本当にそうですね。でもこの忙しさというのはどうにかなるんだろうか。
 

Re: 桜咲く

 投稿者:下田群青  投稿日:2014年 5月10日(土)14時14分28秒
返信・引用
  > No.104[元記事へ]

どうもご無沙汰です。

桜満開なんですね。私はまだ見ていないけど、そういえば御自宅の桜はもう咲いてますか?
桜の木いいですよねー。うちの近所では桜は見掛けません(^^;

そうそう、私のHPの掲示板迷惑書き込みが凄いことになっていてついにサーバーダウンしちゃいました。
現在は廃止しています。何かございましたらメールかブログがツイッターにお願いします。

今年こそは知床観光船に!!乗りたいですね(^^;

 

桜咲く

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 5月10日(土)09時44分19秒
返信・引用
  5月8日、職場近くの家の桜が咲いた。翌日、雨の中、職場の桜が咲いた。斜面や建物で風がさえぎられるからだろうか、なかなか早い。

こんな、ゆとっていていいのだろうか。いや、若者言葉にもこんな用法はないか。
忙しさの波は、これからが怖い。
 

ギョウジャニンニク

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 5月 5日(月)01時07分4秒
返信・引用
  今年は、初めてお袋が行かなかった。笹に足を採られてイライラするのだろう。

一人で行っても気乗りしないのではないかと思ったが、これが結構自分のペースでのんびりと採れてしまった。ティッシュを車においてしまって、やたら鼻水が出るので一回中断して車に戻った。何かのアレルギーをしょい込んだものか、こういう時に必ず鼻水が出る。車でたばこを吸い小休止…が、長かった。でもそのあとまた採りに行けたのだった。

まあまあの収穫だった。山は笹に覆われて、どんどん道がなくなっていた。しか道のほうが目立つくらいだ。


先輩のCDが友人から届いた。広く公開することは望んでいなかった。仲間内だけのものとしたい意向だった。
 

通夜

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 4月10日(木)23時10分57秒
返信・引用
  先週、先輩が亡くなった。

一緒に仕事をすることはなかったが、緻密であったらしい。
そのほかの活動で一緒にさせてもらったが、いくつもの分野の違う活動で大きな仕事をしてきた人だ。行年66歳、満で65歳だったのだろうか。若々しくて、気にしていなかったのだ。退職してから病気が見つかったのだったか、それ以前からだったのか、定年退職して年金をおそらく前倒ししたはずだ。何度も治療をしたが、副作用がきつくてまともな生活ができないと、結局治療をやめたのだった。昨年のカヌーは、ある意味で仲間内の思い出作りだったのかもしれない。

何もできなかった自分を顧みるに、こんなに力を持った人が逝ってしまうというのは、実に惜しいと思うのだった。そしてそのあとに続く若い世代がいないということもまた、未来を暗く描かざるを得ない理由でもある。

CDに本一冊分の文章を残したらしい。手製の本が展示されていた。それを印刷することが残された者たちにできることだ。早く読みたい。通夜の会場の入り口に、山登りした時のシャツとベストも展示されていた。会場にはベートーベンの6番が流れていた。こうした演出も本人が指示していたものだろう。
 

Re: DVD-R

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 2月17日(月)21時15分10秒
返信・引用
  > No.100[元記事へ]

二つ買ったうちの一つは順調に録画できている。もう一つはどうか。最後のKSで気が付いたが、やはりケーズデンキオリジナル製品とのこと。いったい何が違うのか、まったくわからない。
 

DVD-R

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 2月15日(土)23時50分44秒
返信・引用
  お持ち帰りの仕事をしなければならないというのに、朝10時まで寝てしまう。しかも、古いビデオテープをDVDにしてからレコーダーのハードディスクに入れて編集してDVDにコピーする、などという面倒なことをやっていた。

ソニーのHDD-DVDレコーダーなのだが、煙草を吸うせいなのかうまくDVDが認識されなくなっていた。ところが、友人が「コピーして」と持ってきたDVD-Rだとミスが一つも出ない。

マクセルの  DRD120WPC50SPKS  というDVD-R。

アマゾンではこの型番はなかった。50SP B というのしかなかったので、マクセルならいいのかな?と、買ってみたが、太陽誘電のものよりもミスが多い。というか、3枚やって3枚とも不可。

今日、型番で調べると、50SP KS というのはケーズデンキの通販で売っていた。たのんでみた。これでうまくいくのものか、ロットの違いで、これでもうまくいかないものか。
 

なんと穏やかな正月

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2014年 1月 7日(火)22時40分57秒
返信・引用
  うっすらと雪が降る程度。5ミリくらいか。気温もマイナス8度程度。一日だけマイナス11度があったようだが、寝ているので関係ない。

本当は15日のどんど焼きにお袋を連れて行って、すべての行事が終わるのだが、もう忙しくて連れてはいけない。今日は七草粥だった。11日の鏡開きはお汁粉でもするのだったか。

お袋の新年会以降疲れてぐだぐだになっていた。昨日は兄貴の家の修繕の業者と打ち合わせ、今日はお袋の知り合いのお見舞い、休みを取っていたが、明日から出勤。昔はもっとダラダラしていられたのだが。
 

家を買う

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年12月 2日(月)00時14分44秒
返信・引用
  自分のことではない。退職後数年再雇用で働いていた兄が釧路に帰ってくる。高卒ですぐ就職したのだから釧路に知人もないのだが、おそらく東京では安い年金で生活してはいけないのだろう。お袋が、アパートでは狭いうえにいつまで置いてくれるかもわからないと、家を買わせる(まずはお袋が買う)という。退職金がいくらかまでは聞いていないし、それを吐き出させるのは心苦しいと思うが、家賃を払ってもそれはただ消えていくお金なのだから、家を買う判断というのも正しいと思う。(長生きすれば)

280万円で、諸経費込みで350万円は超えないだろう。かなり古い家だが、買い物に歩いて行けるところ、津波でもある程度守れそうな海抜のところ、というのは今、大型商業施設がなくて古い家が多いところだ。お袋は自分の家の近くのほうがときどき行き来できると思ったらしいが、僕は買い物が歩いてできるところを勧めた。冬道の運転などしていないし、車を持つ余裕があるかもわからないのだ。

僕の給料が下がる前、物置代わりにでも、と、300万円くらいの家を狙ったことがあった。ネットも使いこなしていなくて、なかなかいい物件というのは探せなかったが、探せばいろいろありそうだ。生きているうちに500年周期津波が来るかはわからないが、高台の家はこれから上がりそうでもある。不動産屋の話で初めて知ったが、消費税はかからないとのこと。おふくろは消費税が上がる前に、と焦っていたらしいが、中古住宅は関係ないだそうだ。ところが、不動産屋が言うには、ここの所、売れ行きがいいらしい。消費税が関係ないと知っても売れていくらしい。

買う気分が盛り上がるととめどなくなるものか、500年周期津波を警戒しているのかはわからないが…。

場所は遠いが300万円で別な家が出ている。窓はアルミサッシではなく新しい。余裕があればほしいところだが、下がり続ける給料に余裕はない。

お袋が家を建てたあたりで断熱の考え方が一歩進んだようだ。1982~3年ごろだろうか。それ以前の家は寒かろうとは思うが、賃貸に匹敵するものとなると、こうなってしまうのだろう。
 

秋になる。

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 9月22日(日)12時40分26秒
返信・引用
  先週の三連休は確か台風崩れの温帯低気圧で大雨だったか。夜の意お袋を迎えに行こうとした時、近くで車が水に埋まっていてパトカーがいた。別な方向の道も水が多いらしく人がいてこっちへ行けと教えてくれた。止まっていたパトカーの警官だったのか?

坂の途中の歩道の縁石の割れ目から、まだ水が流れ出ている。

今度の三連休は、昨日は曇りだったものの、今日はマグリットの絵にあるような雲が多いけど、秋空。三連休といっても、もう何もしたくない。普段の疲れがたまりすぎて、いくらダラダラしても元気にならない。

おととい(金曜)、駅の古本屋で偶然にも『愛煙家通信』という本を見つけた。喜ばしいことである。買い求め、家で早速バックナンバーをすべてHMVで注文した。4000円以上でポイント15倍、というキャンペーンであったから。4000円以上にするために原発の本やら憲法の本やらも買い込む。
 

漏水

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 9月20日(金)22時28分52秒
返信・引用
  > No.94[元記事へ]

> 私も割り切りが悪くて、なかな遊びの部分に目を向けることができません。

★お仕事が好きなのでしょうね。僕も、部分的には好きなところもあるのですが、過密な状況では楽しみもなくなります。あらゆる仕事がブラック化しているのでしょう。ブラック化を画策・加速している人間を駆逐できる世の中になってほしいものです。

> 定年は誰かが決めたことなので、遵守しようという気はありませんが、
> 年金がどんどん遠ざかっていくので、どうしたものかというところです。

★僕たちの前の世代・団塊が立ちはだかることもありますが、生活保護も年金も下げていって消費税を上げていくありさまです。消費税は湯水のように「国家」に使われきってしまうのでしょう。

> 水道使用料が2倍って、それは漏水でしょう。
> 少なくとも漏水じゃなけりゃ、水道代を負けてくれません。
> 漏水でありますように。(なんか、変)

★ ×使用料→○使用量 でした。金額は、2か月で最低料金の5千何百円かが3千何百円か増えただけですが、壁の中で水が噴き出ているのが困りものです。音がしていたのでその管から、水道管ではなく、湯の通り道なのは突き止めていたのですが、どこかわかりませんでした。使わないときは元栓を閉めたりしていました。業者が来て、普段使わないお湯のバルブを閉めて、壁を壊すような工事はしませんでした。二階にはお湯はいらない、と言っていたのですが、建てる時の業者がつけたがっていて、つい『いい』と言ってしまったのが敗因です。配管はトラブルがあってもわかるようにむき出しにしてくれ、とも言ったのですが、二階へは完全に壁の中でした。水道代は負けてくれたみたいです。 
 

裏はありませぬ

 投稿者:ひつじ  投稿日:2013年 9月 9日(月)21時01分24秒
返信・引用
  レスがついちゃいましたね。

>引っ張り出そうとしてくれているんだな、と思っていました。

けっして、そういう立派なものではなく、単なるたれっちの思い違いだったようです。
直島ですが、福武書店がスポンサーになって、なかなか面白いことをしてくれているようでした。
ほとんどが美術館の外観と、屋外彫刻のみになりますが、気が向いたらアップします。

私も割り切りが悪くて、なかな遊びの部分に目を向けることができません。
定年は誰かが決めたことなので、遵守しようという気はありませんが、
年金がどんどん遠ざかっていくので、どうしたものかというところです。

水道使用料が2倍って、それは漏水でしょう。
少なくとも漏水じゃなけりゃ、水道代を負けてくれません。
漏水でありますように。(なんか、変)
 

RES遅れてすみませんでした。

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 8月31日(土)13時32分52秒
返信・引用
  たれっちさん、ひつじさん、返事が遅れてすみません。

あまりにも書き込んでいないので、引っ張り出そうとしてくれているんだな、と思っていました。直島の位置もよくわからず、調べるまではしたのですが、どうにも「お持ち帰りの仕事」が多くて続いて、書き始めると仕事がそっちのけになりそうで、しばらく書き込みをしませんでした。

黄色いかぼちゃの写真がよく出てきました。お弁当の包み紙はすさまじいですね。僕はたぶん平気だけど、ほかの人の食欲には影響しないのかな、などと余計な心配。

似たデザインにしたのは申し訳ありませんでした。とても落ち着いていいなあ、と思ったもので、つい安易に選んでしまいました。細かい設定は心のゆとりができないと取り組めないので、(そうとう)しばらくお許しください。

転勤した新しい職場は仕事が非常にきつく、定年まで持つのか危惧しています。腰はもとより悪いのですが、ひざにも来ました。お持ち帰りの仕事は肩・背中に来ますね。

水道使用料が2倍で漏水の可能性があると通知が来ました。過去の年度替わりの余計な荷物・転勤のさい持ち帰った私物を放置して、家はほぼゴミ屋敷と化していたのです。せめて業者が通れる道を開けようと、物置に空きを作ることから始まって、休みをとったのに、汗だくの毎日だったのです。



8月31日、今日は曇りで寒い。これまでは曇りでも寒くはなかったのに。ストーブ使用。床暖の圧力計がまた下がっている。
 

申し訳ありません

 投稿者:たれっち  投稿日:2013年 8月27日(火)23時11分9秒
返信・引用
  ひつじ亭と酷似しているこの掲示板に、
うちのたれぱんだが書き込んだようで
ご迷惑をおかけしました<m(__)m>。
 

ひょっとして

 投稿者:ひつじ  投稿日:2013年 8月27日(火)22時29分2秒
返信・引用
  ごぶさたです。
お元気ですか。

で、
>たれっち

こことひつじ亭とを間違えて書きこんでませんか?
というか、同じ文章をうちにも書きこんでるし。。。
 

カヌーと焼き肉

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 8月 8日(木)23時17分48秒
返信・引用
  友人に誘われて釧路湿原カヌー体験。以前厚岸のベカンベウシ湿原を下ったことがある。その時は小型だったが、今回はインストラクター以外8人の大きなカヌー。小さいと左右自由にパドルを持てるのだが、今回は右漕ぎのみなので少し疲れた。客8人にパドルは4本。ときどきかわりながらだった。右漕ぎなので、左手が上、見事に手の甲が焼けていた。見えた鳥は鴨とアオサギ。セミはたぶんコエゾゼミ。インストラクターはエゾハルゼミと言ってたが、それはヒグラシっぽくなくやつではないか。

塘路湖からタッコブ沼まで。タッコブ湖はベカンベに覆われていて、引き裂きながら進んだ。白くて小さな花が咲き、誰かが実を採った。まだ中はなかったが、どんな味か、食べてみたいものだ。台湾で大きくて太い菱のようなもの(形は全く違う)を食べたが、栗のようでおいしかった。

2時間ほどのカヌー体験だった。

上陸してすぐ焼肉。昼のビールはよく効く。肉もビールもすべて腹に収めて少し物足りなかったが、この年齢層ではそう食べるものではないのだろう、用意してくれた友人に感謝。


別な日に鶴居へ行った。本州から移住した人がいろいろな店をやっているようだ。行ったのは自家製のパンを売りにしている店。食事のあとだったので、ケーキセット。パンも買って持ち帰った。堅めだがおいしかった。

どちらの日も珍しく気持ちよく晴れていて、秋を思わせる澄んだ空。釧路の人間にとってはもちろん盛夏なのだが。
 

寒い

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 7月17日(水)00時12分57秒
返信・引用
  何日か夏のような日が続いたため、だんだん釧路らしい気温になってみると、なかなか肌寒い。軽く風邪を引いたのかもしれない。
車では暖房にした。家でストーブはつけなかったが、一時トレーナーなど着てみた。
イモ焼酎のお湯割りなんか飲んでみると、まあ半袖でもなんとかなりそう。

まさか、これで夏が終わるのではないよな。


生協で一個105円のアイスクリーム、その中にラムレーズンがあった。6個セットの中の2個というのが高いのではあったが、バラでこれは安い。買ったものの、そのあとが入荷しない。バラなので、奥まで手を突っ込んでガラガラと探す。おっさんが何やってんだか。
 

時は過ぎる

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 6月13日(木)22時57分15秒
返信・引用
  はて、いったい何をしてきて、桜はどうなったんだか。

今は桜も散って、今日では釧路八重だけが育った葉っぱに埋まって満開となっているようだ。エゾヤマザクラが散ったのはいつ頃だったか。6日でほぼ終わっていたような。

6月1日(土)と6日(木)にコゴミ採りに行ったのだった。1日はまだ少し早く、6日は結構過ぎていたようだ。月曜か火曜あたりなら良かったのか。

8日(土)、(日)(月)(火)と、ものすごい晴れ。タッコブの立ち入り禁止区域に特別に入れてもらったが、ワラビがいい感じだった。フキがしおれるなんてあるのだろうか?

うちの裏の木に花が咲かない。チシマザクラもフキに埋まった。今年二回も鹿を見たので、食害だろうか?

とにかく仕事もきつい。仕事以外も多くて、どうにも記憶すらあいまいになる。

給料がまた大幅に下がる。下げるなら仕事を少なくしろ!
 

やっと春か。

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 5月28日(火)23時26分6秒
返信・引用
  先週の何曜日だったか。職場で、朝は咲いていなかったチシマザクラが昼の少し前に咲いた。エゾヤマザクラはまだのようだったが、数日後に咲いた。うちの桜も咲きだした。一週間たっても、いろいろなところで咲き出していて、その時間差が面白い。葉が出ていなくてきれいなものもある。

連休にギョウジャニンニク採り、成果は今一つ。おふくろはもう歩きたくなくて、根ごと持って行って家の裏に植えた。許せ。

25日(日)は、白糠奥地へ、コゴミ採り。これから忙しくなりそうで、この日にやっておけ、という感じで行った。山菜は桜と違って、積算温度よりは日の長さを感じているのではないかというのが僕の仮説だったけど、やはり今年の春は去年にも増して不順だったせいで、いつものポイントは全く出ていなかった。少しずれたところ(細いのは早く出るのだ)で少しとって、一回だけ味わった。

さて、この調子だと、6月になってもまだ桜は楽しめそうな気配。コゴミは6月1日あたりがいいところか。



下田さん、お電話ありがとうございました。どうにも、身動きが取れませぬ。パソコンを新しくして、メールアドレスも変わっています。@mopera.netで、その前はこれまでと同じです。年賀状、送りましたっけ?下田さんの電話番号やメールアドレスを、どこかへ見えなくしてしまったのですよ。一度メールをください。だめならここに書き込みをお願いします。

新しい職場は、どうにもいらいらすることばかりで、調子が出ません。自分の分担の予算は使い果たしてしまいました。5月中旬で。整備するなんて遠大な計画になりそうです。そんなことしてたら、退職になってしまうのにね。
 

鹿、あらわる

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 4月24日(水)23時51分45秒
返信・引用
  今朝、うちの裏の草地に鹿が4頭。枯草にかれた色の鹿。狭い範囲で道路があるのに、どこへ行くつもりだろうか。


前回の間違い。
余市の里、ではなく、余市の子守歌、だった。
 

春の雪 懐かしい音源など。

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 4月22日(月)21時47分45秒
返信・引用
  昨夜雪が降る。吹雪っぽい感じもあった。夜のことで、舗装道路も真っ白になった。今日の日中にほぼとけた。気温が初めて10℃に達したらしい。

30年以上前、5月の連休に30㎝ともったことがあって、今年もそうでなきゃいいけど、と思うのだった。車のスタッドレスタイヤは、いつの連休が終わるまで変えない習慣。


風車というグループの「旅路」という曲が、テレビの音楽を多く担当した人のオムニバスという形でCD化された。ドラマ「氷紋」のテーマ曲だったものだ。おそらくフォークからニューミュージックへと変わっていく時期ではなかったか。

さらに岸洋子の「余市の里」。ニッカウィスキーのCM曲。CMのオムニバスでCD化。これはTOU TUBEにも出ていなかったものだ。

探していたものがやっと手に入った。


転勤をした。前より自宅に近くていいのだが、いろいろと物のありかがわからなくて困る。どういう法則性で物がしまわれているのか、今一つつかめない。消耗品費が前の3分の一、って、何をしろというのだ?規模の違いはあっても半分ほども小さくはないのだ。
 

旭川商業高校吹奏楽部(&釧路江南高校吹奏楽部ジョイント)コンサート

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 3月16日(土)22時35分0秒
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  旭川商業は全国大会へ恒常的に出場する学校で、今年度は3回連続のあとの一回休みという規則で出場できなかったという。江南の顧問が旭川の顧問の教え子というつながりで、演奏会は今年三回目だという。つまり刺激を釧路に呼び込むことを目的に行われたらしい。

練習時間の取れない大人の演奏よりも、高校生のほうが圧倒的にうまい。大ホールの座席が7~8割埋まるという盛況ぶり。当日券1200円は安すぎないか?旭川から100名の部員と楽器、離れた中学校からの参加もある。

・日本人のマーチ三曲・間にワグナーのエルザの大聖堂への行列。課題曲が含まれるらしい。

・ブラ1の4楽章に「のだめ」を思い出し、若い人たちのまっすぐな情熱を感じたのだった。

・(僕にとっての)目玉は「オルフのカルミナ・ブラーナ」。テレビのバラエティーでよく聞くあの曲だが、本来の初めの曲はなしで、その部分は終曲にもう一度来るので、その後の曲からの抜粋だった。ド派手に第一部は終わって、15分の休憩。

第二部は、おそらく学校祭やイベントでやる楽しいもの。
・ブラックライト音楽劇(花咲爺さん)
・ざ・ひっとぱれーど2013 (6人だけの男子部員が歌う)
・ダンス2013 (ペットボトルを吹いたりたたいたり)
・じょいふる・じょいふる (修道院の尼さんがマフィアと対決)
・群読「羽根」
・合唱「夜明け」(旭商の生徒の作という。聞いたことがあるので、かなり広まっているらしい)
・CATSより ハンドベル付き
・歌劇「アイーダ」 中学生の吹奏楽部も加わって、後ろの客席から演奏。

・予定されたアンコール。この時のためにケミカルライトを買ってほしいと初めに言っていた。暗がりの中のケミカルライトはきれいだった。あれ?曲はなんだっけ?最後はサライだったか?

・ラデツキー行進曲  これまでは手拍子をしなかった。下手だし疲れるし、自分のリズムを維持しようとすると聞いていられなくなるから。でも、この曲だけは、手拍子の大小だけだが、演奏に参加している気分が味わえるのでやってみた。


こんなに素晴らしい演奏・いきいきとした姿の若い人々が、社会人となった時、きっと、それを捨て去らねばならないのだろう。自衛隊・警察・消防にしか許されていないのではないか。どうして市役所楽団とか、炭鉱楽団はないのだろうか。あ、農民楽団はできたのだった。

5時開演、終演は8時ころ。充実した演奏会だった。

行ったとき雪が降り出し、帰りはやんでいた。路面がつるつるに凍っていた。
 

パンスターズ彗星

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 3月16日(土)00時53分55秒
返信・引用
  肉眼では見えないらしい。はて、双眼鏡はどこに行ってしまっただろう。

かなり前のヘールボップ彗星は見事だったので、それを期待したのだが。

雪の解けるのが遅い。
この冬は一か月の灯油代が3万を超えた月があった。まあ、ためしにつけっぱなしにしてみたりしたこともあったのだが、リッター100円って、少し前のガソリンだろう!という値段。
 

サントリーBOSSセレクトカフェ

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 3月11日(月)22時21分29秒
返信・引用
  通販で二回頼んだが、どちらの店も商品が届かない、と連絡が入った。完全に姿を消したようだ。

評判はさほど高くない。コーヒー好きにはどうでもいいものなのだろう。でも、どうせ偽物のコーヒーなんだから、コーヒー好きとは違う路線を行ったっていいじゃないか。現にコーヒーを飲まない僕が好きだったのだ。苦味や甘味の抵抗が少なかったのだ。車の中だけでなんとなく飲むものとして最高だった。抵抗がないだけになくなるスピードは1.5倍から2倍だった。人工甘味料不使用、というのも贅沢だと思う。高級豆なんか使わなくていいから(抽出の技術のほうがより決定的なんだと思うし)、わけのわからない甘味料を使われるより安心だったのに。
 

Re: ボーイズラブのこと

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 3月11日(月)22時06分38秒
返信・引用
  > No.79[元記事へ]

> 「主流」の表現をする人たちからは理解不能てあるとともに、ゲットーとしても機能する「ボーイズラブ」の内にあって表現するほうが、
> きっと、迫害におびえるマイノリティには居心地がよかったのでしょう。

同感です。何か、ひそやかな楽しみ的なものがあまりにメジャーになってしまうというのは、とても居心地が悪い感じです。

「密やかな教育」を読むかどうかはわかりませんが、アマゾンで見ると表紙が近藤聡乃ではありませんか。ウィキペディアには『2008年より、文化庁在外派遣研修員としてニューヨークに留学。』とあって、そんな華々しくお役所に認められていいのか?と不思議な感じがしたものです。


>中ピ連

そうでした、そうでした。その後のフェミニズムもいろいろ流派がありそうで、男に対する意識変革もさることながら、主体となる女性自身に保守的な広がりがあることもまた、現実には困難なものとなっているのでしょうね。笑いものになることをいとわずに出続ける田嶋陽子しか知らないのであります。上野千鶴子の名前は聞いたことがあるのですが、きちんと読んだことはないのです。僕の頭は軽いテレビの情報しか入っていないのだな、と思います。


>当時の全共闘運動は、男が戦っているのだから、女は「銃後」で支えよというような、
戦前の家父長制そのままに、天皇をマルクスに置き換えたような意識であったということと聞くと、

それも、「そうでした、そうでした」ですね。もっとも、その時代は知らないんですが、環境問題とともに、すっぽりと抜け落ちている部分だったんですね。

ジェンダーを社会的性別役割と訳すなら、生物学的な性差との間のどこに線を引くのか、それ自体がわからなくなってくるのでした。とくに性同一性障害なんて聞くと、「女に生まれるのではない、女になるのだ」もすっ飛んでしまい、ますますぐしゃぐしゃです。
 

Re: ボーイズラブのこと

 投稿者:ひつじ  投稿日:2013年 3月 7日(木)21時43分27秒
返信・引用
  > No.77[元記事へ]

お返事が遅くなりました。

> 「個」を許さない世間で、それなりに自分らしさをつかんでいくことの難しさ、選択の狭さ、というものです。

私が少女マンガに魅かれ、小劇場の演劇に魅かれ、ほんの少しばかりSFに魅かれ、
そして、オイレンシュピーゲルさんと言葉を交わすきっかけなった佐々木昭一郎のドラマに魅かれたのは、
今の世の中ではマイノリティとされる立場にあって、大きな力は持っていないけれど、
自分なりの表現方法で世に発信することで、数は少ないけれど、確かに受け留めてくれる人たちとつながることができる。
そんな幻想を共有できたがゆえなのではないかと考えています。

> それなりのものをつかむのは、やはり(相当に)それなりな力を必要とするものでしょうね。

ゲリラ戦を続ける中で、戦上手になる人も生まれて来たことと思います。

> SFという形も、荒唐無稽と言われつつ定着しましたものね。ファンタジーを必要としているのでしょう。

初期のSFが推理小説と同類に扱われていたことをギリギリ知っている世代ですが、
厳然とした本流が屹立していた時代には、傍流はひとくくりにされ、強いていえば「蔑まれて」きたのでした。

>ボーイズラブもまた、新たな表現の発明として定着していくのでしょうね。

「主流」の表現をする人たちからは理解不能てあるとともに、ゲットーとしても機能する「ボーイズラブ」の内にあって表現するほうが、
きっと、迫害におびえるマイノリティには居心地がよかったのでしょう。

> これとは関係ないけど、そういえば昔のウーマンリブ、ってあまり反芻されることはありませんね。
> ピンクのヘルメット、ゲバ棒で男に突撃する、というやつですけど。
> 当時はそれなりな知名度だったのですが、あれが何かの始まりとか、そういう話をその後聞くことがありません。時代のあだ花だったのかなあ?

さすがに、ウーマンリブには世代が届きません。
いくつかの断片的な知識をご紹介します。
中ピ連の代表として活動した榎美沙子は、もともとピル解禁を求める薬剤師だったはずなのに、
いつのまにか、変にマスコミに取り上げられて、その地道な活動は葬り去られてしまったという証言や
あるいは、当時の全共闘運動は、男が戦っているのだから、女は「銃後」で支えよというような、
戦前の家父長制そのままに、天皇をマルクスに置き換えたような意識であったということと聞くと、
結果的に、当時のウーマンリブは真意を伝えることが困難な状態にに置かれたまま、
面白おかしくマスコミに取り上げられ、運動の方向がゆがめられたように思われます。

ウーマンリブという言葉が手あかにまみれたためか、「歴史的用語」とされてしまい。
上野千鶴子を頂点とする運動は、フェミニズムに「置き換え」られています。
フェミニズムを標榜する労働者の賃金を取り扱う経済学者や、社会全般を見つめる社会学者にとっては、
「リブ」のように持ち上げられ貶められるのは、危険だし御免だという意識はあるようです。

http://hccweb1.bai.ne.jp/~hda25701/hisoyakana-kyoiku.html

 

孤独のグルメ

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 3月 2日(土)21時46分13秒
返信・引用
  テレビ東京のドラマ。昨年の秋に一回だけ偶然見た。

どうやらそれは第二シーズンだったようだ。CSで第一シリーズを録画できた。マンガも買った。

しかし、漫画の方はかなり前のもの。ドラマでは現在実在する店を新たなモチーフとするようだ。毎回、ドラマの終わりに原作者がその店で解説しつつ食べるコーナーがある。

ストーリーというのも付け足しのようなもので、ひたすら食べる映像。心の声が流れる。


へんなドラマというと、「家族八景」が思い浮かぶ。テレビ東京だとばっかり思っていたら、TBSだった。棒読み調のセリフで統一され、七瀬の読みとった心が、奇妙な形に映像化される。

どちらのドラマも静かな感じがしてなかなかいい。泣いたりわめいたりなんて、日常ではそんなにあることじゃなし、引いてしまう。

ドラマはあまり見ないけど、ドクターXは騒がしいのに見たなあ。岸辺一徳の棒読み調のセリフは独特だ。
 

Re: ボーイズラブのこと

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 3月 2日(土)18時49分11秒
返信・引用
  > No.76[元記事へ]

たれっちさん、ひつじさん、ありがとうございます。

女でもなく、これから人生を切り開く年代でもない僕がどうすることもかなわないことではありましたが、別な切り口で「世間」というものをもっとしっかりとらえられたらなあ、というぼんやりとしたものもあったのです。

「個」を許さない世間で、それなりに自分らしさをつかんでいくことの難しさ、選択の狭さ、というものです。

それなりのものをつかむのは、やはり(相当に)それなりな力を必要とするものでしょうね。

SFという形も、荒唐無稽と言われつつ定着しましたものね。ファンタジーを必要としているのでしょう。そういえば高校の漢文で昔の中国の話なんか習いましたが、旅人を小人にして働かせるような話やらがでてきました。日本でも御伽草子や民話にはSFやホラーがあるように、ボーイズラブもまた、新たな表現の発明として定着していくのでしょうね。


これとは関係ないけど、そういえば昔のウーマンリブ、ってあまり反芻されることはありませんね。ピンクのヘルメット、ゲバ棒で男に突撃する、というやつですけど。当時はそれなりな知名度だったのですが、あれが何かの始まりとか、そういう話をその後聞くことがありません。時代のあだ花だったのかなあ?
 

Re:ボーイズラブのこと

 投稿者:たれっち  投稿日:2013年 2月28日(木)01時30分39秒
返信・引用
  >僕はその状況を問題として発展させていく道はないものか

「密やかな教育」でも書いてあったのですが、少女時代にボーイズラブを通じて理想の人生や
恋愛のあり方を思考実験した女性たちの中で幸運な人たちは、成長して各々自分らしい人生を選び取り、
ある者は創作活動で独自の展開をしています。それは少女漫画の分野とは限りません。
与えられた環境の中で、気づいた女性がどのように自分らしい人生を選び取ってゆくか
それは個々人にかかっていますが、最近は成功した女性たちが中心になり
その職業分野の女性エンパワーメントを促す活動もあったりします。

でも一方で、リアルに問題解決に向かって行くよりも
差別的な現実は現実として受け止めて、趣味のボーイズラブ本の読書や同人誌の創作活動で
自己実現するというタイプの人も大多数いることも確かです。

>>ありたい自分を女として描けない、その状況こそが大きな問題

ボーイズラブの世界では、読者は自分が男の視点にも女の視点にも感情移入できるという自由を獲得します。
それは女性がいくら自由になったとしても現実の恋愛では得ることができないファンタジーです。
その意味から、今後も一定のニーズがあり続けるジャンルだと思います。
 

Re: ボーイズラブのこと

 投稿者:ひつじ  投稿日:2013年 2月25日(月)21時34分26秒
返信・引用
  > No.74[元記事へ]

>ありたい自分を女として描けない、その状況こそが大きな問題であると思うのですが、

ありたい自分を女でもなく、マッチョな男でもない少年として描き、
そんな少年どうしの恋愛物語を描いたという女性がたまたまいたとしても、
そのことを我が意を得たりとばかりに、サブカルチャーの周縁部で、
それこそ「密やかに」広がっていたという状況があるということでありますね。

>でも、僕はその状況を問題として発展させていく道はないものか、というほうに少し興味があったのです。

もちろん、その状況を問題としている人は少なからずいます。
草の根人権グループとしては、女性の活動が一番元気なのではないかとも思います。
問題に気付いた人すべてが、問題として発展させていくわけではないということについては、
「世の常」という程度の判断にとどめたいと思います。

http://hccweb1.bai.ne.jp/~hda25701/hisoyakana-kyoiku.html

 

Re: ボーイズラブのこと

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 2月24日(日)14時28分45秒
返信・引用
  > No.73[元記事へ]

ひつじさん、ありがとうございます。専門(?)外のことではありましたが、少し興味を引かれたものですから。

> あるいは、自分にとって理想的な人格を描こうとすると、男性の肉体を持った方が扱いやすい。
> いろいろ時代が変わっても、女性の側からすれば面白くない世の中なので、

ジェンダーという言葉もその女性から出ました。それを門外漢にわからせようとする説明だったわけで、女性の発言の要約自体が僕の間違いであった可能性もあります。ジェンダーという言葉を説明しようとしていましたから、多くの人とはそこのところから全く接点のない話題であろうかと思います。

自分が女であることの生きずらさ、が、その女性の出発点であったかもしれません。
耽美という作品世界、初めの読者は限定されつつも、女の生きにくさを気付かせるほどには広がりを持ってきた、とも評価できます。

作者たちの「自分のやりたいことをするために説得力のある作品づくりを」の気概に敬服します。マンガ家同士のこうした交流は今はどうなっているのでしょうね。上質な児童漫画を目指したトキワ荘以外にこうしたマンガ家同士のやり取りを知らないものですから。今はまさに商品として、編集者と漫画家のタッグということぐらいしか漏れ伝わってこないような気がします。まあ、漫画界を熱心に見詰めたりはしていないのですが。

女性を購読対象として女をいろいろ描いても、結局は女性からは嘘っぽくなる。男のことを認識してはいても、そこは幻想を埋め込みやすい。また、現実の女性の置かれる状況が自由な設定を許さない、そんなことをぼんやりと考えたのでした。

ありたい自分を女として描けない、その状況こそが大きな問題であると思うのですが、それは少女漫画の中で論じたり解決したりするものでは、むろんありません。むしろその制約が新たな表現を生み出す原動力でもあったのでしょう。でも、僕はその状況を問題として発展させていく道はないものか、というほうに少し興味があったのです。



職場で一番若く、中学生のような容姿で、おそらく年齢の近い連中(30歳少し前)からはいじられキャラのような扱いを受けていたのではないか(いじることを親しみと勘違いしているほうが圧倒的多数だし)、そんな生きにくさもあり、自分の興味に乗ってくれる相手もいなく、彼女は何を思っていたものか。パタリロの話を振った時にいそいそと僕の隣にまで来て、熱く語っていたのだった。
 

ボーイズラブのこと

 投稿者:ひつじ  投稿日:2013年 2月23日(土)23時48分12秒
返信・引用
  お久しぶりです。

>つまり終結しない、かつ精神(ときに肉体)の濃厚な関係・愛憎の繰り返し
>(成長はあっても終結のない関係)をエンドレスに描き続けるためには、
>ボーイズラブを必要としたのではないか。

おおむね正しいと思われます。
より対等な恋愛関係を描こうとすると、リアルな男女を登場させると月並みになりすぎる。
あるいは、自分にとって理想的な人格を描こうとすると、男性の肉体を持った方が扱いやすい。
いろいろ時代が変わっても、女性の側からすれば面白くない世の中なので、
社会的に公認された場所から少し外れた場所で、
ボーイズラブという表現は、ガールズトークのように育まれてきたと言えそうです。

ボーイズラブについては、「密やかな教育」という決定版的な研究書が出ています。
リンク先に、私の長いレビューを書いておりますので、ナナメ読みでもしていただけると嬉しいです。

http://hccweb1.bai.ne.jp/~hda25701/hisoyakana-kyoiku.html

 

飲むことのいろいろ

 投稿者:オイレンシュピーゲル  投稿日:2013年 2月22日(金)22時50分5秒
返信・引用
  昨年の暮れ近く、少人数で忘年会をした。その前にも打ち上げで同じメンバーで飲んだ時、職場から車で行き「代行」で帰ってみた。タクシー会社の場合、以前はタクシー代+500円だったものが、今はタクシー代×2。店で呼んでくれた代行会社はキロ数で料金を出すのでよくわからないが、少し遠いところなのに感じとしてタクシーよりははるかに安い。客は自分の車に乗り、スタッフは軽自動車。それに味をしめて、代行で帰ることにした。各自の家が遠く散らばっていて、どこの飲み屋にしても誰かの負担となってしまうからだ。

 普段は行かない釧路駅前の「釧路食堂」という飲み屋。
 釧路は「末広」と呼ばれる地区が飲み屋街である。住所としての末広は北大通りに隣接する釧路駅から釧路川までの細長い区画だが、飲み屋街としての『末広』は「栄町」「川上町」という末広に隣接する細長い区画の一部も含めた釧路川沿いの区画(ほぼ正方形)を指すことが多い。駅からは1キロメートルほどあって、駅前のホテルへ歩いて帰るのは、ちょいと興ざめであろう。したがって、飲み屋街ではない釧路駅前のこの店は、金曜でも土曜でもないというのに超満員。「席が空きましたらホテルへお電話しますから」と店員が客に説明している。これだけホテルが駅前に立つようになってみると、飲み屋街ができてしかるべきだろう。支店をたたんだ会社のビジネスマンが駅前に宿泊するのだから、そこをとらえてもらいたいものだ。
 料理はセットで頼んだものだが、一人につき毛蟹の半身が出た。蟹を食べると会話ができない。まあ、しゃあない。ほかの料理もなかなかおいしかったのだ。

 小さな新年会で変わった店に行った。真っ黒な大根とゆで卵。みそ味だという。食べてみるとそんなにしょっぱくもなくておいしかった。カウンターの上にいろいろ置いてあって、これをいくつ、と頼むシステムだ。奥に8人くらいまでなら入れそうな小上がり。掘りごたつで、実際、電気のヒーターが入っていた。

 職場で時季外れ(1月)の送別会と歓迎会。出ていく若い女性は、少女漫画におけるボーイズラブの探求をしているという。いわく、少女漫画においては性的な描写が(編集者などによって)禁止されていたために少年に置き換えて描くしかなかった、と。パタリロ(今調べると1978年~)くらいしか知らなかったが、良く名前だけは聞く「風と木の詩」(1976年~)が始まりなのだそうだ。

 しかしその仮説に従うと、描写についてはかなり自由になったと思われる現代、ボーイズラブは衰退してしかるべきではないか。それとも少女対象では昔と同じなのだろうか。
 その場では時間切れで自分の考えもまとまらなかったし、話す時間もなかったのだが、違うような気がしてきた。男女の関係だと、破局か結婚か、いずれにしろ終結させなければならない。性的関係がありつつ友情をはぐくむ男女関係があるのかどうかは知らないが、それを描くのは少女漫画の範疇とも違うような気がする。つまり終結しない、かつ精神(ときに肉体)の濃厚な関係・愛憎の繰り返し(成長はあっても終結のない関係)をエンドレスに描き続けるためには、ボーイズラブを必要としたのではないか。女であれば出産・仕事・老い・社会・世間…といったものとの関係がどうしても出てきてしまう。それを回避するためのものだったのではないか。

 もう少し、仮設の根拠となる編集者や漫画家の発言について追及してみたかった。

 今にしてみると、物語における性の入れ替えというのはきっともっと実例があるのだろうと思う。「六番目の小夜子」のテレビ版では原作にないらしい人物を主人公(女)に据える。幼馴染の男女だが、転校生の女子を気にしたり張り合ったりするのは女のほうで、男の方はどうもじっとりしている風に見える。押井版「鉄人28号」では、正太郎少年を南果歩が演じ、敷島博士とテロリストが奪い合うという三角関係が描かれる。そこに戦後の主流派と非主流との相克を象徴させたものだろう。

 そんなことを後になってから思いつくのだが、もう会うこともない。
 

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