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沖縄の旅その2

 投稿者:山本0号  投稿日:2019年 1月11日(金)10時40分42秒
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  皆さんお元気ですか?私は今日は高校時代の柔道部の仲間と会いに夕方から梅田へ新年会に行きます。
さて沖縄の旅その2ですが、3日目は朝から糸満市に有る「ひめゆり資料館」などにに行きました。道はカーナビの言うう通り下道を使ったのですが「高速利用」にするべきでした。途中普天間基地を見るつもりでしたが、これも下調べ不足で宜野湾市役所の回りをウロウロして終わってしまいました。途中普天間基地周辺のフェンスの横の国道を走っていましたが、基地の中には映画に出てくるハンビーやハマー等がゴロゴロ駐車しており基地内は「闘う国」の感が有ります。
縄の交通事情について一言、
①大きな道路は道路幅と車線幅が広く(山のように大きいアメリカの軍用トラックが通れるようになっている)右折レーンが全ての交差点に有り走りやすいです。
②ドライバーは高速・一般道とも制限速度を守って走り、無茶な運転はしません。
③那覇市内以外は比較的道は空いておりカーナビの渋滞中の警告は無いのに等しいです。
④宜野湾市などの国道以外は道も狭く町もごみごみしていました、一歩入ればこのようなものかもしれません。
と言う事で下道を那覇市内の渋滞にまきこまれながら走る事1時間余り、着きました
「ひめゆり資料館」。その展示内容は涙なしでは語れません。沖縄戦により沖縄の女性エリート「師範学校」と1高女学生合計300名近い学生が看護助手として陸軍病院で働き、傷つき最後は「解散命令」で放おり出されそのほとんどが亡くなっていった行った様子は胸を締め付けられます。在校生名簿の展示では出身地とその最後の様子の中に「家族全員死亡」「一家全滅」「消息不明」が殆どでありその最後があまりにも哀れでした。又、生き残って語りべが出来る人が数人となる中で「ひめゆり学徒の悲劇を伝承出来る若い職員を養成し内容を後世に残す」取り組みがされていました。世界中でも「アンネの家」や「ホローコースト」などはじめ多くの国でその取り組みをしています。が、残念な事に国が戦争責任を反省し伝えるため設立・維持しているところは日本をはじめ多いとは言えない現状だそうです。
ここでは2時間余り過ごし、改めて戦争の悲惨さや戦争反対の思いを固めました。
2時前になったので近くのお店で昼食にしました。愚妻は角煮どんぶり、私はタコライス(ひき肉をタコスソースで炒めタコスとレタスを盛り混ぜ合わせてご飯にかけて有るだけ。明石のタコ飯とは全然別物)とラーメンでした。豚は良く煮て有り脂身は少ないのですが、角煮は角煮でそれなりでした。タコライスは自分でも作れそうで、そばは硬くて私好みでしたが入っていた「チャーシュー」は軟骨入りの角煮でアウトでした。
その後すぐ近くにある平和記念公園に行きました。摩文仁の丘や岬から見る太平洋は最後に住民が取り残され死んでいったと思うと感慨ぶかいものが有りました。海はあくまでも青く70年前の悲しみは伝わってきませんでした。摩文仁の丘は沖縄戦で亡くなった内地の人の府県別のお墓が有り大阪は「なにわ」の墓となっていました。
公園は広く平和記念資料館に入りましたが愚妻が迷子になり(記念館は大きいし展示も豊富だが順路が分かりにくく展示物の字も小さいサイズで高齢者には見にくい)展示室を出てしまったので帰る事にした。ひめゆりのショックが大きすぎたので感動は今一つになってしまったのか?
時間は3時半過ぎだったので、もう1ヵ所行くことにした、場所は豊見城市に有る(実際は那覇市に有ったのでカーナビでは見つからず苦労した)旧海軍司令部壕である。小禄にあるこの場所は小高い丘の上に有り海軍記念公園となっている。ここは太平洋戦争中海軍沖縄方面根拠地隊の有った場所で壕の中は司令部作戦室や司令官室等が保存されており、司令官が手りゅう弾で自爆した破片痕が花火が爆発した後のように見えるそのままの形で保存されていました。外は那覇市が一望でき司令部にはもってこいだったのでしょう。軍司令部と連絡できなくなり取り残され脱出できなかった様子が哀れでしたが軍人が自決しても哀れを感じませんでした。それより沖縄戦で強いられた一般の住民にまで自決を強要た戦時教育が問題ですね。
この後高速出ホテルに帰り1日を終わりました。
最後の1日は次回。
バイク情報!
宜野湾市や那覇市等沖縄では小さいバイク屋が多数生息?しています。モノレールとバスだけの交通手段しかない沖縄ではバイクは住民にとって「必需品」のようです。CD125などが堂々と売られています。

 
 
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