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龍山作の菱湖書

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 8月 1日(木)01時04分16秒
返信・引用 編集済
  既に存在自体は御存じの方も多かろうと思いますが、彫銘の龍山作の菱湖書。
実見が出来る機会がありまして、真作の数次郎の作品である事が確認できましたので、譲って頂きコレクションに加える事になりました。
詳細に調査した結果、大正後半期の作品であると確認でき、実物を時間をかけて鑑賞できましたので、新な数次郎の素晴らしさも発見できました。
菱湖書は多くの作者が模倣され作成されており、見慣れた書体ですが、この、数次郎が二十歳前後の作品は感性が溢れ出ています。
画像からその感性を感じ取れれは幸いですので、名駒集覧にアップしましたのでご覧下さい。


 
 

豊島家に残された駒

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 7月28日(日)20時49分52秒
返信・引用 編集済
  豊島数次郎の長男慶之助氏より、数次郎の最期の遺作一組との事で本駒を譲り受けました。
高級な島黄楊根杢の龍山作・錦旗書で、慶之助氏の姉美智子さんから自身の高齢を理由に慶之助氏に譲られた駒で、慶之助氏も高齢になられ、私に譲って頂きました。
本駒の由来や豊島家の由来など、母とみさんから伝え聞いた事や思い出を手紙に自筆で書いて頂きました。
内容については、後日一部公開する予定ですが、思いもよらない新事実も得る事ができましたので、お楽しみに
最後には、お母上様が読まれた歌も添えられておりました。

「枯枝に烏とまりけり秋の雨 ぬれたる翼しばし休めむ」 とみ






 

Re: 諸々

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 7月16日(火)01時36分10秒
返信・引用
  > No.424[元記事へ]

ばたさんへのお返事です。

ばたさんお久しぶりです。
御投稿ありがとうございます。
名駒集覧のホームページは一日およそ100~200名のアクセスがありますが、なかなかご意見を頂ける方は少ないようです。
私の収集駒はオークションでの収集品もかなり多数あり、オークションで見かけたり、競合したりした駒もあったでしょうね、ご迷惑を御かけして申し訳ありません。
最近では業者様からの情報も多くなりました。
ご指摘の通り、私は、銘駒はもちろんですが、やはり資料的価値に重きを置いて収集しています。
駒の歴史、特に江戸期から昭和までの歴史に重点を置いて調べています。
現在の駒史は山本恭介が宮松幹太郎から聞いて書籍にした物が一般に通説となったものですが、実際に駒を収集してみるとかなり多くの矛盾点が発見でき、かなり江戸期から昭和期の駒の歴史はいい加減なものだったようなのです。
現在インターネットの普及により山本恭介が駒史を語った時よりも、数千倍も多くの情報が得られ、書籍に残された話の多くが、実在する駒により、想像であったと証明できました。
また、その過程で多くの新発見や想像や誤解も生まれます。
しかし、少しずつですが、多くの情報や実在する駒が真実を解き明かしてくれるもの、と私は信じています。
その為にも、時代検証可能な駒は貴重で、逆に多くの古駒から作成時代を推定する事が可能となってきました。
作成年代がある程度特定できれば、その時代背景から多くの予測が可能となりますので、自分なりに立てた仮説を一応発信しています。
仮説を確証に進める為には駒以外の多くの遺書や書籍や骨董なども同時に収集する必要があり、収集に苦労しています。
実際に、この掲示版に寄せられた皆様の情報から、仮説から確証にと変わった事も多くあり、仮説が消える事もあります。
どの様な情報でも私には得難い情報ですから、是非どんな情報でもお寄せ下されば幸いです。

古い駒には歴史があります、私にとって、その歴史を追い求めるって楽しく、歴史ある駒には愛着を感じますよ。

 

諸々

 投稿者:ばた  投稿日:2019年 7月14日(日)04時18分17秒
返信・引用
  お久しぶりです。
たまに、ホームページを見て、毎回同じ駒に見とれています。
数組は同じ駒かどうか分かりませんが、オークションで見かけ、入札した駒もあったり。
その内、2組は今見ても「良いなあ~」っと。
モンキーさんは、銘駒はもちろん、資料的価値がある駒、言い換えれば一般ウケしない駒にも目を向けて、歴史やいわれを紐解く稀有な存在ですよね。中にはどうやって調べたんだろう?と言う事柄も多く見参されます。感服です。
僕も、自分なりに調べたり、仮説を立てた事はあるのですが、結構エネルギーがいりますから。
それにしても、良い駒!羨ましい限りですです。
 

豊島龍山作品アップしました

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 6月24日(月)00時42分20秒
返信・引用
  豊島龍山(数次郎)の新書体「博道好」と源兵衛清安・花押の二組の駒をアップしましたので名駒集覧をご覧ください。
「博道好」は書体銘が削られていましたが、銘の部分を光量を上げて撮影する事で何とか推測読みが出来ました。
この博道なる人物を調査した結果、予想の範囲を超えませんが、時代や人物像から納得できる結果ではないかと思いますので、ご意見をお願いします。

豊島龍山作・源兵衛清安・花押の駒は、当初、細字の清安と同時代の大正~昭和初期の駒ではないかと計測しましたが、驚く事に太字の清安と同時代の駒であると確認出来ました。
信華が増田信華・源兵衛清安・花押の作品を作った時期と同じ時期だったのです。
どちらの駒が先に製作されたか後か、までは判定出来ませんが、同じ時代に作成された事は判断できましたのでご覧ください。



 

初代竹風金龍

 投稿者:鯉爺  投稿日:2019年 6月 7日(金)08時49分36秒
返信・引用
  モンキーさんありがとうございます。この駒大事にします。  

RE:初代竹風金龍書

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 6月 5日(水)23時43分17秒
返信・引用
  鯉爺さん
情報提供ありがとうございます。
返信が遅くなりましたが、間違いなく、越山の天童楷書は初代竹風金龍書ですね。
戦後、天童ではこの書体を天童楷書として多くの駒師が製作していたようですね。
今日では別の書体(金龍の楷書或いは奥野錦旗の模倣)を天童楷書として製作されています。
大正から昭和の戦前は奥野一香から送られた書体を天童将棋組合として天童の書体としていましたが、戦争の混乱期に天童の駒書体の歴史も消失してしまったようです。
戦後の一時期とはいえ、竹風金龍書が天童で一般的な書体として採用されていた歴史の一駒です。
駒書体としての魅力が十分にある良い書体だと私は思いますが、現在ではほとんど製作されなくなってしまい非常に残念に思います、実に味わいのある良い駒だと私は思います。


 

初代竹風金龍書

 投稿者:鯉爺  投稿日:2019年 5月 8日(水)07時00分50秒
返信・引用
  私のところに今ある越山の天童楷書が初代竹風金龍書と全く同じです。  

初代竹風邪金龍書

 投稿者:鯉爺  投稿日:2019年 5月 8日(水)04時32分54秒
返信・引用
  私のところに今ある越山の天童楷書が初代竹風邪金龍書と全く同じです。  

名駒集覧ホームページアドレス変更のお知らせ

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 4月11日(木)12時08分20秒
返信・引用
  名駒集覧は昨年度より予告しました通り、yahooジオシティー終了に伴い、下記アドレスに移行致しましたのでご案内申し上げます。

https://www.jade.co.jp/kigu/


本掲示板トップの【名駒集覧 こだわりの将棋駒】ホームページへ
をクリックする事で新アドレスの名駒集覧に飛ぶ事ができます。
 

(無題)

 投稿者:トシシュン  投稿日:2019年 3月14日(木)22時39分2秒
返信・引用
  ケンショウさま

当方からお伝えしましたアドレスに何もご連絡いただけていません。最初のお尋ねからを考えると、もう十分お待ちし、誠意もお尽くししたと思います。 このまま継続しても、良い結果になりそうにありません。楽しみにしておりましたので大変残念ではありますが、ここで断念致します。 ご縁がなかったようです。

 

(無題)

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 3月12日(火)14時43分30秒
返信・引用
  トシシュン 様

実は、貴方の投稿を知人だと思い込んしまい、やっと間違い気付くご返事致しました。大変申し訳ございません。
さて、駒の現物を見たいご希望は、連絡いただければお見せ致します。
再度、ご要望内容を申し出下さい。よろしくお願いします。
 

(無題)

 投稿者:トシシュン  投稿日:2019年 3月11日(月)13時34分27秒
返信・引用
  モンキーさま

ご連絡ありがとうございます。 お心遣いに感謝いたします。
しかしながら、現物拝見の可否をお尋ねしているのはこれで2度目であり、今もって、ご本人から直接のご返事をいただけていないということは、それが「お断りの回答」ではないかと受け止めています。 素晴らしい駒をたくさん出品されていますが、小生にとってはどういう経緯で手に入れられるのかが大切であり、とどのつまりは「縁」で、機会がタイムリーに得られない場合は、致し方無いと考えております。 小生のこだわりはさておき、どだい、趣味のお話ですので、どなたかにわざわざ間をとりもっていただくようなご迷惑をお掛けしてまで、推し進めることではないと思います。
モンキーさまのご厚意には心より感謝いたしております。 季節の変わり目、どうぞご自愛ください。 そして、駒についてのご高説を伺えるのを引き続き楽しみにさせていただきます。
ありがとうございます。
 

Re: (無題)

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 3月 9日(土)01時19分49秒
返信・引用
  > No.410[元記事へ]

トシシュンさんへのお返事です。

ケンショウさんはトシシュンさんを私と勘違いしているかもしれないと、思います。
ケンショウさん出品の商品で気になる商品があれば、オークション上で「現物を見てみたい」と質問してみたらいかがでしょうか。
或いは、一時的なメールアドレスを作成して返信を依頼すれば、きっとケンショウさんは連絡してくれると思います。
あるいは私宛にトシシュンさんへの連絡方法をメールしてくだされば、私からケンショウさんに連絡します。
どうぞよろしくお願いいたします。





> ケンショウさま
>
> ご返事がいただけてない状態で、出品を継続されていますが、やはり、現物を拝見する機会をいただくのは難しいということでしょうか?  オークションで高額な品を落札するには、それなりの納得感を得られることが前提です。 相手を即、信用することができない私が悪いのかもしれませんが、これまでに、良いこともですが悪いことも随分経験していますので、同じ轍を踏まないようにすることが私の信念となっております。 できるだけ丁寧にお尋ねしたつもりですが、当方に失礼があったのかもしれません。 申し訳ございません。 
 

(無題)

 投稿者:トシシュン  投稿日:2019年 3月 7日(木)11時08分0秒
返信・引用
  ケンショウさま

ご返事がいただけてない状態で、出品を継続されていますが、やはり、現物を拝見する機会をいただくのは難しいということでしょうか?  オークションで高額な品を落札するには、それなりの納得感を得られることが前提です。 相手を即、信用することができない私が悪いのかもしれませんが、これまでに、良いこともですが悪いことも随分経験していますので、同じ轍を踏まないようにすることが私の信念となっております。 できるだけ丁寧にお尋ねしたつもりですが、当方に失礼があったのかもしれません。 申し訳ございません。 
 

書籍送付について

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 3月 4日(月)08時07分36秒
返信・引用
  モンキー様
近日中に、「将棋駒と盤」の書籍を送付いたします。その中から見たい駒・盤があるようでしたらご連絡ください。よろしくお願いいたします。
 

出品駒について

 投稿者:トシシュン  投稿日:2019年 2月26日(火)14時30分19秒
返信・引用
  ケンショウさま

ご無沙汰しております。
オークションに素晴らしいコレクションを出品されているようで、毎回目の保養をさせていただいております。 ありがとうございます。 価格的に手が届きそうなものもありますが、残念ながら現物で確認できないため、心が大変動いても思い切って入札に至らないケースも過去にございました。 不躾なるお尋ねかとは存じますが、これから出品をご予定されているもので事前に現物を拝見できたりはするものでしょうか? ご返信、どうぞよろしくお願いいたします。
 

真龍造りの彫埋駒書き駒

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 2月11日(月)14時11分59秒
返信・引用
  今回は、真龍造りの彫埋駒書き駒二組を紹介致しました。

江戸後期~明治期。
この駒は、大橋家と駒作りに関係があった同時代の明治維新頃の駒師の真龍だと推測しています。いずれにしても明確な決め手がない駒です。皆さんのご意見お待ちしております。

1、双玉の真龍造りの彫埋駒です。(書体は上手く感じません)
2、金龍形・真龍造りの書き駒です。(書体は上手て漆の書き方の良い)
 

Re: 大橋宗桂・水無瀬形の彫埋め駒について

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 2月10日(日)13時24分47秒
返信・引用 編集済
  > No.405[元記事へ]

ケンショウさんへのお返事です。

明治の初めの頃の大橋家の資料は竹内棋洲の「将棋慢話」等数点の書籍や史跡、新聞、雑誌が残っています。
江戸期の大橋家の棋士としての資料はありますが、駒作りを現す資料は、残された駒収集等から推測の域を出ませんが。
おそらく、江戸期の駒作りは幕府御用達の安清一派が支配すると共に、大橋家と何等かの関係があったようです。
しかし、明治維新により駒作り組織(安清一派)は解体崩壊され、細々と大橋家が直接関わったようです。
中でも、真龍は下級幕臣ながら駒作りを生業として私有地を持っており、大橋家は明治維新により禄は失い大橋家邸も没收され無職となって、宗佳は真龍宅に間借りして生計を立てていました。
そんな関係から、十一代大橋宗桂作の駒は真龍が作ったと云われておりますが、幕末以降明治七年までは宗桂自身も駒作りをして生計の足しとしていたでしょう。
明治以降は幕府御用達の銘「安清」銘は使用出来ず、各駒師が個々個人銘を名乗り、金龍や真龍の銘もそれぞれ駒師の銘として記されたと思います。
同時に書体も「安清書体」の使用は憚られ、新書体開発の動機になったと思います。

そこでケンショウさんの水無瀬型の駒ですが、書体は間違いなく大橋家の水無瀬書体です。
また、作者銘は「宗佳造」ではなく、おそらく「真龍造」と推測されます、従って幕末以降の大橋家より販売された、真龍の作品でないかと推測します。
当時、水無瀬型の駒は大橋家でも、最も高額で最高級品として販売しておりましたから、前所有者もかなり裕福な家だったのでしょう。
明治七年以降は宗金の作品となりますが、大阪の安価な彫駒や安価な仙台(山形)の書き駒が台頭流通し、多くの専業駒師は廃業してしまったようです。



 

大橋宗桂・水無瀬形の彫埋め駒について

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 2月 8日(金)15時58分2秒
返信・引用
  大橋宗桂・水無瀬形の彫埋め駒について紹介致しました。参考にしてください。

大橋宗桂江戸後期~明治期。
慶応三年、幕府は大政奉還を上表し幕府の滅亡と共に将棋所は空位のまま消え去りました。将棋所十一代・大橋宗桂は将棋名人であったが、生計を立てるため自ら駒作りをなじめました。駒作りは、子、宗金に継がれ明治末期まで続きました。
現在、将棋所十一代大橋宗桂の駒は殆ど残っていません。
この駒は、いつ頃の作品か、また、大橋宗桂作品か。究明いたい思いで紹介致しました。
どうか参考意見をよろしくお願いいたします。
 

Re: 竹内淇州に関する、掛軸・書籍・駒

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 1月18日(金)02時36分28秒
返信・引用 編集済
  > No.403[元記事へ]

ケンショウさんへのお返事です。

竹内淇州に関する、掛軸・書籍・駒のご紹介ありがとうございます。
この遺品は全く同じ旧家の蔵から出て来た物でしょうか?


3、竹内淇州・金龍形の盛上駒と駒箱ですが、実見させて頂きました私の意見ですが。
箱については斉藤如斎の作品で間違いないのですが、棋洲の注文作品とは異なると思いました。
ですが、箱そのものは非常に良い作りで、師匠の鉄砲屋 亀斎の作品ではないかとも思える出来映えで、間違いなく現代の指物師に出来る仕事の駒箱ではありません。
駒については書体は棋洲書ですが、伊藤駒とは同一の字母で作成された物ではありません。
また、棋洲自筆の作ならば金龍型と記さないはずです。
書体銘に金龍型と記されいる事など、疑問に思える事が数点見られました。
そこで、私の想像ですが、「錦旗の駒」棋洲書の書体に疑問を持った人物、例えば佐藤公太郎氏回りで作成された駒ではないかと想像します。
佐藤氏が棋洲書の書体に疑問を持っていた事は佐藤氏著書の「みちのく豆本」「粋狂談義」などに記されており、佐藤氏なら「金龍型」と記して駒を作ったとしても不思議ではありません。
だとすると、おそらく、この駒は大正末期から昭和9年の間に、斉藤如斎によって作成された駒かもと思います
駒の出処が判明すれば、大変に珍しく駒の歴史をひも解く駒かも知れませんね。

 

竹内淇州に関する、掛軸・書籍・駒

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 1月13日(日)17時18分30秒
返信・引用
  竹内淇州に関する、掛軸・書籍・駒を紹介致しました。参考にしてください。

1,旧家の蔵からでてきたお品物、竹内丑松 淇州「呂望」箱付 二行書 大正期の棋士 将棋 五言絶句 漢詩 漢文。我不呂望徒 何那凡富貴 放浪湖海中 養即浩然気。

2、将棋漫話・竹内淇州著。

3、竹内淇州・金龍形の盛上駒と駒箱。
 

雛大名道具

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 1月 7日(月)20時12分24秒
返信・引用
  本品は、大名道具の囲碁・将棋の雛飾りの貴重品です。

碁盤・将棋盤そして碁笥・駒箱は花模様の蒔絵仕上げと二重収納箱の完品です。
駒は、安清筆花押の黒檀駒の非常に珍しい作品です。


写真を忘れていましたので再投稿致しました。




 

安清筆花押の黒檀駒

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 1月 5日(土)14時45分59秒
返信・引用
  本品は、大名道具の囲碁・将棋の雛飾りの貴重品です。

碁盤・将棋盤そして碁笥・駒箱は花模様の蒔絵仕上げと二重収納箱の完品です。
駒は、安清筆花押の黒檀駒の非常に珍しい作品です。
 

安清花押の黒檀駒

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 1月 5日(土)14時30分44秒
返信・引用
  安清花押・黒檀駒の作品です。

 

安清花押と盤

 投稿者:ケンショウ  投稿日:2019年 1月 5日(土)14時26分0秒
返信・引用
  今回は、約40年以前に大阪・岸和田城下の旧家に展示されていた、小型(雛形よりやや大きい)の安清花押・象牙書き駒と安清花押・黒檀駒及び将棋盤付の非常に珍しい作品です。
安清筆花押の駒はかなり現存していますが、小型駒や雛形駒は現存数が少なく大変貴重品です。なお、二組とも朱漆の書き駒で同時期に制作されたものと思っています。

江戸中期、大阪の駒作りの職人。名は源流。駒文字が穏やかで、上品さがあって、大阪で盛んにこの駒が愛用された。

 

RE2;リャンシャンポーさん

 投稿者:リャンシャンポー  投稿日:2019年 1月 4日(金)18時56分4秒
返信・引用
  今朝は5時に起きて、東京に賀詞交換会に行って、今帰ってきました。
無剣(劔)書の駒はヤフオクの落札品ですが、影水の書体で製作されて
いますが、各駒を2mm大きく製作されている為に私の感性では本寸盤に
並べると升目の中の駒と空間のバランスが悪く(特に歩兵)、作者に王将と
玉将を2mm大きいサイズで製作をお願いしました。
又、その駒に合わせて、盤も新調しましたが、駒とのバランスを考えて
縦横1寸大きくする事にしました。尚、木取りは私の好みで四方木口で
お願いしました。
 

RE;リャンシャンポーさん

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 1月 4日(金)10時19分46秒
返信・引用
  さすが、雛駒盤、本家盤(普通盤)、大象盤と揃えるとは趣味人です。
三種の盤をキッチリ揃った画像を拝見するに、小学生、高校生、大人と三組の対局が今にも始まりそうな雰囲気が漂います、いいですね~~。


中段の画像には無剣書駒が映っていますが、もしかして、影水でしょうか、影水の無剣は実見した事がありませんが、洗練された感じの書体に感じます。
しかも、碁盤サイズの大象盤には無剣書駒だと思いますが、違和感ないですね。









 

ありがとうございました。

 投稿者:M  投稿日:2019年 1月 3日(木)16時55分30秒
返信・引用
  モンキー様、ご教授頂きありがとうございます。
「安清」の「清」の漆の一部が飛んで
「安一」に見えるとかあるのかなあ?とか
そんな頓珍漢なレベルで考察しておりましたので
とても勉強になりました。
将棋の歴史を研究されている方にお会いした際など
機会があれば、お役に立てるように
この駒は活用させて頂きたいと思っております。
昨年は、ひな祭りの時期に、雛飾りの中でも
ミニチュアの蒔絵系将棋盤をメインにあちこち見に行きました。
遠方まではなかなか足を運べませんので
古書の写真集を片っ端からチェックしました。
多分、実用サイズの蒔絵将棋盤と将棋駒も
ひな祭りに合わせて、所蔵施設では大名道具の企画として
展示入れ替えしてくれるのではないかと予想しています。
まだ実用サイズの蒔絵系将棋盤やそれに付随する駒は
数多く見たことが無いので、
見識を深めるために足を運んでみようと思っています。
これからもモンキー様の為になるお話を楽しみにしております。
今後とも宜しくお願い致します。
ありがとうございました。
 

安清草書体駒

 投稿者:モンキー  投稿日:2019年 1月 3日(木)13時29分15秒
返信・引用 編集済
  安清草書体については、米沢上杉藩が1700年代後半から駒作りが始められ、1800年代前半に安清一派を迎えていたとされ、天童では米沢から将棋の駒作りを習い、吉田大八が駒作りを始めた、とする説が一般的です。
戦前の昭和初期には、天童より米沢の方が駒の生産量は多く、駒木地だけで年間数百万組もの生産があったようで、安清(江戸)→米沢→天童と駒作りが発展したものと思えます。
また、駒文字も安清→米沢、玉庭、天童と数種類が残されております。
Mさんお持ちの駒は、中でも最も安清草書体に近く、安清一派が米沢に伝えた初期書体の作品ではないかと思います、「安一」銘は弟子の銘か二代目の作品かも知れませんね。
いずれにしても、天童草書体のルーツを探る重要な一駒だと思います。





 

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